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65歳の日溜まり (*´・ω・)ノ。゜・☆。

貧乏な独り暮らしで、時々、無性に寂しくなりますが、ふと思ったことを書きます………来てくれて、ありがとう。

安西水丸さんの文章

 おはようございます。

 久しぶりに晴れて、爽やかな朝です。

 

 昨日、安西水丸さんの文章がきれいだから好き、と書きました。

 こういう文章です。

 雨が降っている。

 いつものように映画のスクリーンを見つめながらおもった。映画館のなかにいると、きまって外は雨かもしれないといった気分になる。映写機の回転する音が、雨の音のように聞こえてくるのだ。

        「雨の音」の最初の部分

 

 空が青かった。遠くで花火の音がした。空を見上げた。雲がゆっくりと流れている。また花火の音がした。運動会か………、ぼくはおもった。よく晴れた青い空に、運動会の花火の音が似合っていた。

          「西陽のなか」最初の部分

 

 

 フライパンで豆のはじけるような音がした。雨だった。雨は一定のリズムで落ちた。

 ゴッホの絵がうかんだ。それがどうしてだかわからなかった。青鈍色の空の下で、農夫が種を蒔いていた。農夫の顔は黒い影になっていてわからない。いく筋にも耕された暗い色調の畑が広がっていた。

 窓から片流れのトタン屋根が見えた。雨になると、トタン屋根に落ちる雨音がフライパンではじける豆たいに聞こえてくる。音楽のボリュームをあげた。O・ピーターソンのピアノが流れている。………

           「プロペラのまわる午後」最初の部分

 

 

 こういう最初の導入部分がいいのです。雰囲気があって………なんでもない設定があって………男と女の、何気ない………でも、ありそうでもない不倫チックな関係が綴られます。

 

 こういう叙情的な描写がとても好きです。

 

 普通からちょっとずれた、それでも庶民の男女の心理を、情景描写といっしょに語るのが、よかった………語り方が都会的だったからか………おしゃれな感じなのです。

 SM小説のような話を「小説宝石」に書いていたりして、なんの構えもないのか………と思わせるところがおもしろかった。

 いまでも………いえ、たくさん、雑誌から切り取って集めていた小説は、もう捨ててしまったのでないのですが。

 

       ………………     ………………       ………………

 

 安西水丸さんのことを思い出したので、書いておきたかったのです。

 図書館に行けば、たぶん棚に小説が並んでいると思います。

 

 ぼくは、すごく好きということで、覚えているのですが………たぶん、こういうことは、多くの人にあることではないかと思えます。なんだか気になって、その人のことが好きで残っているということ。世間的に見たら、そんなに突出して尊敬できるものでもないけれど、自分と合うというもの。

 

 偏愛なんでしょう。

 自分の気持の琴線に触れたから、それが大事と思えるのでしょう。

 

 ぼくの場合は、独りで、ナルシシズム的な偏愛ですが、他の人はそうではないでしょう。もっと人と交流されて、そのなかで楽しみにされるのだと思います。

 

 小説は、すてきです。その人の世界が描かれているから、すてきだと思います。

 他人が書いたものなのに、その世界が自分のもののように感じたりする。

 また、安西水丸さんの小説を読み返したいと思っています。

 

 

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 読んでいただいて、ありがとうございました。

 今日が、誰にとってもよい日でありますように。