65歳の日溜まり (*´・ω・)ノ。゜・☆。

貧乏な独り暮らしで、時々、無性に寂しくなりますが、ふと思ったことを書きます………来てくれて、ありがとう。

18歳のときの思い出

 おはようございます。

 今朝はラジオ体操に行きました。(^^ゞ 晴れて朝日が射して明るい。すごくいい気分になります。

 

 

 昨日は雨が降っていたので、部屋でラジオ体操をして(あまりちゃんとできない)………いつも外でみんなと身体を動かしているので、ちょっと欲求不満です。

 外だと飛んだり跳ねたりできますから。それに号令をかけるお爺さんもいて、賑やかです。

 知り合いじゃないんだけれど、和やかな気持ちになります。

 ぼくはいつも五重塔に挨拶して帰ります。

 

 部屋でも自己流のヨガをしているんだけれど、パソコンを一日見ているので、肩が凝ります。たぶん、運動不足だと思うので、ジョギングみたいなものをしようかと考え中です。でも、大げさだし………

 

 サイクリングは、自転車の罰則が厳しくなったし………べつにルールさえ守っていれば気にすることはないんだけれど………まかり間違って、交差点にいるお巡りさんに停められることがないとも限らない。そうなったら面倒だな、と思ってしまうのです。気持も落ち込むだろうし………

 心配性なので、あれこれ考えてしまう。めったにそんなことはないとわかっているんだけれど。

 

       ………………     ………………       ………………

 

 昨日、ホームレスのおじさんのことを書いたけれど、昔、ぼくが18歳だった頃の話をしたいと思います………

 

 その頃、ヒッチハイクなんていう言葉が流行っていて、若者が車に乗せてもらって旅するというのが宣伝されていたのです。週刊誌なんかにそんな記事が載っていたりして………

ヒッチハイク - Wikipedia

 これは現代の解釈だけれど………もちろんこれで合っているんだけれど………

 ぼくが18歳の頃は、もっと貧乏な浮浪の旅っていう感じだった。

 

 68年だから、小田実の「何でも見てやろう」が書店に並んでいた時代です。

 中卒のぼくは、仕事も嫌になり、どこかへ行くのも金もないしで………ヒッチハイクという言葉にのせられて、日本のどこかへ行きたかったのです。

 

 それで、各停の汽車で滋賀県三重県の駅まで行って、それから歩き始めたのです。3000円ぐらい持っていたから半月はなんとかなると思っていたので。

 いざ、歩いて、峠を越えたり、街でパンを買ったりして、一週間ほど経って………なにも考えられなくなっていたのです。どうするという当てもなかったし………

 

 名古屋へ行く電車の駅で、夜、寝ていた時に、20代後半ぐらいの男の人に声を掛けられたのです。その人も、旅をしていて、同じようにヒッチをしたり、歩いたりして、九州に行くんだ、といっていました。東京育ちらしいのですが、家出中なんだといっていました。ちょっと調子の外れた感じの人でした。ぼくは、他人と話すのは苦手だったので、ほとんど聞き役にまわっていたのですが、その人から、乞食のおじさんの話を聞いたのです。なんでも、倒れそうになっているときに小屋に泊めてくれたそうで、「近くに行ったら寄ればいいよ。泊めてくれるよ」ということでした。

 

 もう、場所もわからないのですが………男の人と朝に別れて、そちらに歩き出しました。そのときの気持は今となってはわからないけれど………なんの目当てもなかったので………

 二日目の夕方に、その、「行ったらわかるよ、河原に小屋があるから」というところに到着したのです。(たぶん木曽川だと思います)

 戸を叩くと、背の低いお爺さん(と見えました、もっと若かったかも)が、顔を出したので、ここを教えてもらった事情を話すと、「ヒッチハイクの仲間か………」とつぶやいて、小屋に入れてくれたのです。

 河原の小屋で電気はないので、長く話すこともできなかったのですが、七輪で煮たおじやのような物を食べさせてくれました。後から考えたら、おじさんの夕食だったのだなと思ったのです。あまり話すこともなく、ごろ寝しました。「あんたと前の男だけだよ。泊めたのは」といっていたのを覚えています。

 

 朝に、お礼を言って別れたのですが………

 こんなふうに、18歳の時に彷徨っていた旅では、印象に残っていることを途切れ途切れに覚えています。おじさんの顔も忘れたのですが………

 

 一人で旅をして、多くの人とすれ違いましたが、ほんとうに断片的にしか思い出がありません。多くは忘れてしまいました。ただ、当時、若者の貧乏旅はブームだったのです。

 

       ………………     ………………       ………………

 

 それがホームレスのおじさんと初めて話した思い出です。(その時代にはホームレスのという言葉はなかったのですが………)なにを話したのか忘れてしまいました。おじさんのかっての仕事のこととか、ポツリポツリ話した気がするのですが………

 ただ、おじやを作ってくれたのは覚えています………

 

 急に押しかけたのは、おじさんには迷惑だったでしょう。でも、親切にしてくれた。それは忘れません。

 

 ぼくには岐阜の上松駅で会って、家に泊めてくれたお婆ちゃんの思い出もあるのですが………何十年も経って、お礼を言いたくて、バイクで行った時に探したけれど、家がわかりませんでした………

 

 若い時は、皆………そういう思い出を持っていると思います。親切にされたことは忘れられないのです。なんでもないような話ですけれど………多くの人に親切にされた人生の思い出の、忘れられないこととして残っています。

 

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 読んでいただいて、ありがとうございました。

 今日が、誰にとってもよい日でありますように。