65歳の日溜まり (*´・ω・)ノ。゜・☆。

貧乏な独り暮らしで、時々、無性に寂しくなりますが、ふと思ったことを書きます………来てくれて、ありがとう。

夜、目が覚めて考えていた

 おはようございます。

 今朝は涼しい。いい天気です。

 

 

 昨日は「母の日」だったんだ………

を、興味本位でみたら泣かされてしまった。

 つくり話なのに、本気で泣いてしまった。でも、いい。

 

 いい家族は、大事だと思う。

 

       ………………     ………………       ………………

 

 部屋にいると独りなので………というか、そういう生き方をしているのでネットが友達になっている。それでもいいと思っている。

 独りでも寂しくない。

 こいううぼくのような生き方、これから増えていくのじゃないかな、と思う。

 

 もちろん家族を作れるほうがいいのです。どんな政治体制でも、社会がどう変わっても、家族が中心だった。それは人類の基本の生き方だったんだろう。人は動物であり、家庭という巣で子育てをするものだ………それが自然ということなのだろう。歴史的にそうだったし、ぶれることはあっても男と女がいる限り変わりなく続くだろうと思う。 

 たぶん、それが幸せの原点なんだ。

 

 

 でも、そうできない人も、増えていると思う。

 これからどうなるかはわからないけれど………いま、そうだとして独りであることを恥じる必要はないと思うのです。

 

 ニートも、引きこもりも、人間関係が苦手な人も、気後れしたり、うまく社会に調子を合わせられない人も、それでいいと思う。

 すべてのネガティブはもともと社会が生み出したものだし、個人の責任にするのは酷だ。 

 自分の世界で、才能を発揮すればいい。自分が自分を認めればいいと思う。

 

 産まれてきて、家族の中にいて、家族から虐待され無視されたりした人も………それでいいと、思える。

 生き延びるだけで、すごいことなのです。

 

       ………………     ………………       ………………

 

 寝ていて、深夜に目が覚めて、考えていた。

 

 ぼくは自分なりの仏教徒なので………お釈迦さんが悟って、菩提樹の下におられた時………〈梵天勧請〉の出来事があったという伝説を知っているのですが………

 

「法 (仏教)を説いても世間の人々は悟りの境地を知ることはできないだろうから、語ったところで徒労に終わるだけだろう」

 というお釈迦さんの気持は、なぜ変わったのだろうか………いまでも不思議に思っているのです。

 

釈迦 - Wikipedia 

 

 

 

 人っていうのは四苦八苦のもとに生きているので、とても悟るという気持ちになれないし、悟るという普段の生活を離れたこともできないでしょう。

 この、まとめは簡単に説明し過ぎですが、あたっています。

 実践するのが難しい

  それでお釈迦さんは、最初、普通の人にはとても無理だ、と思ったのじゃないでしょうか。 

 原始仏教は出家が基本でしたし、出家してすべてを捨てることが悟るということでもあったのですが、当時の社会はカーストに縛られていたので、じっさいには出家はエリートしかできなかったんだろう、と思っています。

 

 普段の生活ではあまり感じませんが、人生の真実をわかるというのは、とても稀なことなのだと思うのです。社会から離れた静かな時間と自己反省が必要です。そういうのって、普段の生活をしながらでは無理なんです。だから、お釈迦さんが、人々には無理だろうと思った気持ちもわかるのです。

 

 

 なんか、説明ばかりになって、すみません。

 独りでいることを意識すると、自分なりの仏教、のことを考えてしまう………

 穏やかに生きれたら、出家しようとしなかろうとかまわないと思う。

 

 

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 読んでいただいて、ありがとうございました。

 今日が、誰にとってもよい日でありますように。