65歳の日溜まり (*´・ω・)ノ。゜・☆。

貧乏な独り暮らしで、時々、無性に寂しくなりますが、ふと思ったことを書きます………来てくれて、ありがとう。

時代は変わる

 おはようございます。

 雨が降っているので、ラジオ体操に行けないです。天気予報では昼過ぎには晴れるらしいですが………

 

 連休は終わって平常が戻ってきました。

 

 昨日は朝に洗濯をして、お風呂に行きました。祝日は朝の6時から開いているので、多くの人が来ています。

 露天風呂でゆったり浸かっていると気持が穏やかになります。これ以上、なにを求める必要があるだろうという気になります。

 起きて半畳、寝て一畳。

 えっ、「飯を食べても二合半」は知りませんでした。

 

 そうですよね。こういうことは全てに当てはまると思うんです。

 人間って、大成功しても、たかだか100年も元気で生きられない。それまで死ぬ人が大半です。そう思うと………どうせ死ぬ身なのに、小さなことにこだわって争ったり、競争して居心地を悪くしたり、相手を貶めて自尊心を満足したりしている………のが、つまらないように思えます。

 

 でも、怒ったり、正義を振りかざして興奮するのが、気持ちいいからしかたないのでしょうか。興奮するとアドレナリンが昂進して非日常の意識に入り込んでしまう。

 

 若い時は、むやみに肉体信仰があって美醜にこだわるし、性欲もコントロール出来ないし、肉体的な苦痛をはねのける精神力もある。若さは特別に与えられた権利といえます。若いだけで美しい。動物として、美しい。

 損得を考えない正義感もある。論理として未熟であっても、行為が美しいのだ。

 

 多くの作家が、若さを賛美する小説を書いたりするのがわかる。

 ぼくのような歳になると、若さを使用しないで引きこもっているのは、無駄にしているようで残念な気がする。何にでも挑戦して、ぶつかって、何かを得てくれ、と思う。

 冒険が若さの特権です。

 それで傷ついても、どうっていうこともない。生きていれば人生は続いていく。

 

 老人になれば、生きているのはいいことだなと感じる。それまでやってきた結果も、いいにつけ悪いにつけあるので。生きてきたことが素晴らしい。

 

 

       ………………     ………………       ………………

 

 ネットサーフィンしていて、三里塚闘争の動画など見ていたのです。

 いっぱい見たけれど………ぼくが関わっていた27~32歳(1977~1982年)の動画を………

 

 ぼくが中核派の兵隊として参加したのは77年の秋からだから、この後だけれど………

 

 

 

 なぜやめたかというと、ぼくらというか兵隊の知らないところで、セクトの争いが行われていて、その結果、青年行動隊と分離集会になったことで気づいたのです。

 説明もなにもなく突然、青行隊が集会から消えていた。

 個人的に、おかしい、と思った。

 勝手に幹部が方針を決めて、説明がなく、下っ端は受け入れるだけか。そんな組織だったんだと落胆したのです。革命的じゃないだろう、民主的じゃない。ぼくは中卒なんだけれど、学歴に関係なく革命の同志になれると思っていたのです。

 縄張り争いをするだけなら、暴力団と変わりない………そう思ったので、オルグの H さんに訴えて、やめました。

 組織というのは暴力団でも会社でも、なんでも同じ体質なのだな、と思いました。

 

 

 

 これは2006年のNNNドキュメントらしいです。

 人の生き方として、戦う態度を貫くのは尊いと思います。ただ、みんながやれるわけではないので、その環境とか人間関係とか、関わってくると思います。そうだとすると、取り上げられているのは、選ばれた人といえるのかもしれない………と思うのです。

 

 

 

 いまも集会・デモは続いている………

 

 40年前の動画など見ると、時代の残酷さを感じます。時代というのは、変わっていく。すべては変わる。

 正しいとか、正義だとか、大義だとか、そんなことを置いといて、時代はすべてを流し去ってしまう。

 変わらないものは美化されたものだけでしょう。

 

 

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 読んでいただいて、ありがとうございました。

 今日が、誰にとってもいい日でありますように。