65歳の日溜まり (*´・ω・)ノ。゜・☆。

貧乏な独り暮らしで、時々、無性に寂しくなりますが、ふと思ったことを書きます………来てくれて、ありがとう。

老人の世代は………

 おはようございます。

 昨日は晴れて暖かかったので、朝に洗濯をし、冬の服をしまいました。春に衣替えです。もう寒くならないでしょう。桜も満開みたいだし。

 いい季節だなあ、と思います。

 新しく命が芽吹いてくる、そんな時………こんなことが感じられるから人でいることはいいし、生きているのがすばらしく思えます。

 いつも、四天王寺さんの阿弥陀如来さんに手を合わせて「生きとし生けるものが幸せでありますように」と祈っています。

 個人的にはいろんなことがあって、めげたりしても、生きている多くの人や動物が幸せな気持でいられるのがいいと思っています。個人の人生は、ほんとうに小さい………

 そういう………自我に囚われているのが人ですが………

 

 

 いつも原点に戻ろうと思っています。

 でも、昨日書いたみたいな世代の共通体験なのがあるのは、団塊の世代とその後の新人類と呼ばれた世代までだろうと思います。長く続いた平和というか、経済中心の政治で、みんなが共通に持つ目標みたいなものが無くなっているんだと思う。

 

 平成生まれが、いま、社会を担わなくてはならなくなっている。

 老人ばかりが幅をきかせるそんな時代だから、たいへんだ。苦労が多いし………

 それでも………老人はかって若者だった………時代をなんとか生き延びてきた………だから許してあげて下さい。

 

 

 経済的にはピケティを持ち出すまでもなく、グローバル資本主義で、これからも格差は拡大するでしょう。

 どこまでも経済活動を擁護しようとすると、上のような考えになると思うのです。

 

 ぼくは、いつか、資本主義はベーシック・インカムを導入しなければならなくなり、いまの経済のやり方はなくなっていくと思っているんです。

 このサイトに書いてあることは正しいです。

 経済中心に考えれば、ベーシック・インカムによって、福祉とかは後退する社会になるともいえます。

 いいことも多いのですが。

 

 とにかく貧困問題が、いちおう解決されるというのはいいことです。

 貧困がすべての悲惨の元凶ですから。

 貧困が解決されると、貧困が原因の犯罪はなくなり、社会的な格差や差別が意味を持たなくなります。誰もが生きられる社会では、仲間はずれにしても意味がない。格差や差別により生活が出来なくなる、と苦しむことがなくなるからです。生活ができるなら、他人と比較する必要がない。誰もが自分の生き方ができる。というか、他人から無理強いされることがない。

 

 生きることが国によって保証された社会は、生きるために暴動を起こす必要がなくなる。日本ではあまり暴動が起きないので、想像できないでしょうが、貧困がほんとうに生存を左右することがあるのです。

 

      ………………       ………………

 

 流行っているピケティについては、前にメモをとっていて、考えなければ………と思っていたのですが………なんか、ぼくのような底辺の者が考えてもしかたない気がするので、止めです。

 経済のことなんか、社会のことも………貧乏人には関係なく過ぎていきます。

 だって、社会で、底辺の位置しかないので………なんの力も影響も、社会の方に与えることなどできないのが事実ですから。

 それにこんなことをしているのは自分の責任なのです………そう思います。

 独りで生活するように自分を持っていったのですから。

 

 社会的には孤立したりする老人が増えていくでしょうけれど、それは、寿命が伸びたのでしかたないのです。

 いま老人になっている世代は、時代に流されて生きてきた部分もあるので………ちゃんと、こういう高齢化の時代が来ることを考えておくべきだったと、ぼくは思っているんです。

 少なくとも、若い世代に負担を押し付けてはいけない。年寄りは「老兵は死なず、ただ消え去るのみ」でいいんです。席を譲らなくてはならない。舞台から去るべきです。

 このニュースなど見ていても、そう思うのです。

 

 すみません、あまりに自分に引きつけた意見で………極端でしょうか?

 でも、どこをみても老人ばかりになる社会が、もうすぐ来るんです。

 

 20世紀に入ってからの人口爆発は凄まじいものでした。

 こういう考え方にも一理あると思うのです。

 

 焦点のはっきりしない話でごめんなさい。

 

………………       ………………      ………………      ………………

 

 読んでいただいて、ありがとうございました。

 また、明日。