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65歳の日溜まり (*´・ω・)ノ。゜・☆。

貧乏な独り暮らしで、時々、無性に寂しくなりますが、ふと思ったことを書きます………来てくれて、ありがとう。

お酒の話の続き。ほんとうの快さ………

 おはようございます。

  少し曇り空で、夜には雨が降るそうです。

 

 昨日の続きを書きます。お酒で思い出すのは林葉直子さんです。このあいだ誕生日を迎えられ、体調もいいようで、なによりです。お体に気を付けて、よい人生を送って下さい。応援しています。

「最後の食卓」を読んだときは、そのあっけらかんとした潔さに、心がじんとしました。 

 

 アルコール依存症で苦しんだ有名人は多い。

 お酒って、身近にあるし、すぐ手に入る。それに危険性が広報されることがないので、知らないあいだに依存症になる。社会が、お酒に依存するようにしているのです。そのようなシステムになっている。たぶん、酒税とかもとれるし、産業としては莫大な利益を生み出すからでしょう。

 

 人生の転落に、お酒はつきものです。

 昨日も書いたけれど「人は自分を失うのが好きだ」。現実の苦しみから逃げたい。

 

 なぜ、そんなに現実が苦しいんだろう。(ぼくも、自分の人生を振り返ると、後悔と罪悪感でいたたまれない気持ちになります………)

 

 お酒に逃げないで、苦しい現実に立ち向かったほうがいいと思うのです。

 現実の問題が解決できなくても構わない。自分がその前に立って「さあ、こい。挑戦するぞ」という前向きの気持になっていることが、いいのです。

 自分が大事だと思う。

 逃げている弱い自分でなく、勝てなくても問題に取り組んでいる自分のほうが、自信も持てるし、自分で在り続けることができる………

 

 自分を弱いと哀れんだら、強くなれないスパイラルに落ち込む。

 

 仏教では、自分なんかない=無我、といいます。自分は他人や社会からの関係で〈ある〉だけのものに過ぎないと考えます。たまたま、そうである関係性が表れたものでしかないからです。弱い自分もいないし、強い自分もいない。たまたま、弱いから、強くしてやる。そのほうが、気持ちがいいからです。心は、たまには自虐を楽しむことがありますが、けっきょく、前向きの気持ちのほうが快いのですから。

 

 ぼくの場合、たまたま依存症気味になるぐらい、お酒の誘惑に弱かったので、いまも過剰に反応しているだけかもしれません。多くの人が適切に飲んでいるでしょう。

 

 人生、快いほうがいいです。 

  お酒を飲んだ時の興奮とか楽しさは、どう考えても、薬物の影響で表れたものとしか、いまは思えない………

 ずっと飲み過ぎて後悔して来たので偉そうにいえないですけれど。お酒が悪いんじゃなく、適度に飲酒できればいいんです。

 

………………       ………………      ………………      ………………

 

 土曜日なのに、こんな話ですみません。

 読んでいただいて、ありがとうございました。

 また、明日。