65歳の日溜まり (*´・ω・)ノ。゜・☆。

貧乏な独り暮らしで、時々、無性に寂しくなりますが、ふと思ったことを書きます………来てくれて、ありがとう。

支えられている

 おはようございます。

 昨日の最後に「この世にいさせてもらっている」って書いたんだけれど………

 許されてここにある、って感じることは大事だと思うのです。

 許す者は神様でも仏様でもいいんだけれど、それより自分の周りにいる人、自分に関わって支えてくれる人たちなんだと思う。

 食事ひとつとっても、多くの人の手を経て、食品となり、加工されて食べられるものになる。そのうちの誰かがなにもしないと、自分のところに届かなくなる。

 あらゆるサービスがそうだ。

 電車に乗ること。郵便が配達されること。喫茶店でコーヒーが飲めること。道を歩くこと。信号、自転車、車………

 日常のなかに、規則正しく動いている、この調和のとれた世界。バランスがとれている。自分もそのなかにいる。

 自分もこの世界を維持するためになにかをしている………奉仕しているんだと思う。

 

 多くの人に支えられて生きていられる。

 そう思うと感謝せずにいられない。

 ありがとう、という言葉をいわずにおれない。

 

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 というサイトに、偶然出会って、「そうなんだよな………自分も、『最低だな俺は………』と呟いてしまうんだよな」と思ったのです。

 ひとりじゃないことに、ほっとしました。みんなそうなんだ。

 

 独り暮らしとかすると、自分の思ったことに、つい、突っ込んでしまう。反省とか、後悔とか、自責の言葉をいってしまう。それって当然のことなのかもしれません。

 ずっと独語することが生活になるとやばいけれど。それはまた別の心理の症状の話になるでしょう。

 

 ひとりでいると、つい昔の出来事を確認してしまうんです。自分にとってはどうだったか………恥ずかしいことを思い出して………後悔、自己嫌悪に陥ったりする。でも、みんながそうなので、それは当たり前にあることなんだ。

 

 そう思うと………夫婦とか、カップルでいられるというのはいいな。

 話を聞いてくれる相手がいるというのはいい。

 男と女が惹かれ合うのも、違う性が持つ魅力もあるんだろうけれど、カップルになって、話しできるということが大事なのかもしれない。

 

 話を聞いてくれる人は大事です。そう思います。

 

 

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 最後まで読んでいただいて、ありがとうございました。また、明日。