読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

65歳の日溜まり (*´・ω・)ノ。゜・☆。

貧乏な独り暮らしで、時々、無性に寂しくなりますが、ふと思ったことを書きます………来てくれて、ありがとう。

人それぞれの真理………

 おはようございます。

 寒いですが………明日は暖かくなるそうです。

 いつも天気から始めてしまいますが、前置きみたいなものなのでごめんなさい。

 

 自分にとって最強の法則は「仏教の考え方」だと言ったのですが………

 人はそれぞれ、みんなが、「自分にとってこれが絶対なのだ」という法則を持っている気がするのです。その法則を当てはめて、他人とか世界を見ているのじゃないか、と思うのです。

 判定しているというか、裁いているのです。

 人の表面には結果だけしか表われないので、どういう基準や尺度で判断されているのか、わからない。

 

  1. みんなが自分の法則というか原理というか、絶対の基準を持っている。 
  2. 自分にとって「真理はこうなのだ」というもの。
  3. その真理としているもの、自分にとっては世界の原理や法則だと思えるもので、他者や世界を、世間や社会を見ている。
  4. 人それぞれが、その人独自の真理を持っている。

 

     ………          ………

 

  1. ある人にとってはそれはキリスト教だろう。宗教の縛りは、人格を越えたもの………神の存在だから………神の判断ですべてが解決される。
  2. 左翼の人にとっては、左翼の思想だろう。
  3. 右翼の人は、右翼の思想。
  4. 庶民で、あまり原理とか法則とか考えない人にとっては、世間の常識とか、大勢の意見のことだろう。
  5. ペシミストにとっては厭世的な気分だろう。
  6. 政治家には政治のかけひきとか、党の方向とかが重要事項だ。
  7. 学者や研究者にとっては、学問することが大事だ。

 

 と………人それぞれが、違った原理で判断している。それが社会の一角で力を持った思想のこともある。

 そう思うと、力のある思想=多くの人が認めている考え方に、つくほうが安心だ。

 

………………       ………………       ………………

 

 ぼくは、人々が争ったりするのは、自分の考えにこだわり過ぎるからだと思うのです。

 そして、力のあるほうについて、他人を支配したいからではないかと思うのです。

 

 

 そんなふうに思うのも、ぼくが仏教的考えで世間を見ているからで、「こだわらない=執着しない」ことを仏教はいちばん大事にするからです。それで、その考えを至高のものとして世間を裁いている………

 そう思うと………人は、自分自身であることから離れられないものです。

 自己中心性がある。誰でもエゴイストで自己中です。

 

 ただ、仏教の一派の臨済禅では「仏にあったら、仏を殺せ………祖師にあったら、祖師を殺せ」と言う。自己の否定の果てに真の自己(仏)を見つけよ、という教えがあります。(この解釈、間違っていたらごめんなさい)

 

 そこまで、自分を見据えていると、生半可な「絶対の基準」で他人を判断しないのかもしれません。

 

………………       ………………       ………………

 

 他人を批判したり、自分の意見を押し付けたりする独善的な行動をとる人には、「自分は絶対に正しい。間違っていない」という考えがあるんだろうな、と思えるのです。

 

 そういう人がけっこう世間では魅力的に思われたりして、人気があったりするので………ぼくにはわからないことです。

 強さを全面に押し出すからか………

 

 

自由からの逃走 新版

自由からの逃走 新版

 

 

 という本がありますが………

 人は、なにかに身を捧げたい、という感覚も持っているので、厄介です。

 思想に身を捧げるのが、いちばん害悪があるかも………と思ったりするのですが………

 

………………       ………………       ………………

 

 読んでいただいて、ありがとうございました。また、明日。m(_ _)m