65歳の日溜まり (*´・ω・)ノ。゜・☆。

貧乏な独り暮らしで、時々、無性に寂しくなりますが、ふと思ったことを書きます………来てくれて、ありがとう。

自分を何かに捧げること

  おはようございます。

 タイトルを変えました。というか、元に戻ったというか………タイトルに仏教という言葉を入れるというのがなんかしっくり来なかったのです。

 自分の考えのベースには仏教があるのですが………それを原理主義者のように崇め奉るものにはしたくない。

 

 思想って難しいです。

 他人も同じならいいのですが、人それぞれ違う考えを持っている。そういうものでしょう? 

「現実」というものは、いろんな立場や角度から、それぞれが見ることで成り立っていると思います。

 ひとつの思想がだけが最高で、それだけで世界を解釈できるとは思いません。

 

 自分の思想を「絶対だ」と思って、プロパガンダしている人がいるけれど、それが誤謬だった歴史を勉強したことがないのか、って思う。たいがいの思想や考えには、それが後に、誤りだったとされた歴史的な事実が見いだせるものなんです。

 

 若い頃、マルクス主義を勉強して、それなりに活動しようとして中核派のシンパ、兵隊だったけれど………(1977~83年のこと)

 いまから思えば、マルクス主義に、主観的にはまっていただけで、客観的な現実が目に入っていなかったのです。自分の願望を優先していた。現実よりも。

 

 もっと現実を大事にしていたら、離婚とか、人間関係を破綻させるようなことはしなかったと思う。

「絶対」を信仰していたというか、何かに帰依する自分が好きだっただけなんだろう。

 

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 人間って、自分をなくしてしまうことに憧れることがある、って思う。

 

 思想とか芸術至上主義とかはわかりやすいけれど、恋愛に酔うとか、人間関係のゲームに執着するとなると、傍から見て、悪いことだと指摘できない。粘着質の性格で迷惑なんかな、ぐらいにしか理解できない、わからない。過激になると、ストーカーのような犯罪になる。

 

 人は犯罪になるような、自分を酔わせて失くしてしまう誘惑に、身を投げ込むものだと思っているんです。

 

 自分を失くして、なにかに依存する。それを手に入れれば、新しい自分になれる、と信じ込んでいる………

 

 何年もアルコール依存症気味だったことがあって………苦しかったけれど、やめることができなかった。何回も酒を断った………酒瓶から何回も、洗い場で、酒を捨てた。

 いまは飲んでいません。手術の後、いいきっかけだったので、酒を買うことをやめました。もう二ヶ月になる。今後も飲まない、と決心している。歳をとって、続けて飲む体力がなくなってきたことも、良い結果に結びついた。

 

 

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 アルコール。覚せい剤みたいな麻薬、薬物中毒。

 依存症になるもの。(ギャンブル、パチンコ、買い物、性欲………)

 

 それと習慣────これは悪いとは言い切れないけれど………

 ジョッキングなんか、体が不調でも走りたくなる、ランナーズ・ハイ中毒になるっていうし………いや、趣味の習慣は、悪いとはいえないのですが………

 

 つい、過剰になるものって、気をつけたほうがいい。

 

 菜食主義者。動物愛護。環境保護………

 なんか過剰になればなるほど純化、聖化されるって感じで、人に合っている主義や運動のように思うのです。

 

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 そんなことをいえば────なんでも原因になるじゃないか、と批判されそうだけれど………

 そうなんです、だから、人の生き方は難しいといえる。

 

 自分を失くすことは────ほんとうは、よくないことなんだ、と思うんです。過剰じゃなく、ほどほどでいきましょう。