65歳の日溜まり (*´・ω・)ノ。゜・☆。

貧乏な独り暮らしで、時々、無性に寂しくなりますが、ふと思ったことを書きます………来てくれて、ありがとう。

自分にとって、ブログを書く意味………

 おはようございます。

 今朝のニュースで、湯川さんを殺害したという映像がインターネットにUPされたと知りました。

 ご冥福をお祈りします。

 


 ここのページがいちばん詳しいと思うのでリンクします。これからどう展開するかわかりませんが、後藤さんが救出されればよいのですが………

 

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 昨日、寝る前に、自分のような人間が、こういう歴史に残る事件に釘付けになって、考えたり、思ったことを書くことがいいことだろうか、と悩んでいました。

 

 ひとりひとりがそれぞれ、受ける思いも違うし、考えも違うのは確かなのです。そこで、お互いが話したり、考えたことを話題にしたりして、共にする場を作るのは大事だと思うのです。

 あまり触れるのを躊躇する事件だからこそ。

 

 意見が違っても、お互いの立場を思いやれるように………なれたらいいと思います。

 

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 インターネット上にあるブログでは簡単に、考えたことを発表できる────それが、簡単で便利であるほど、いいことなのかなあと思ってしまいます。

 リンクを貼ったページのように、個人が自由に書き込める掲示板では、情報と無名の人の思ったことが、手軽に便利にまとまって手に入れられる。

 

 それは、いいことなのですけれど………

 ただ、話題として書き込みが集中すればするほど、ネットでは真摯な態度が失われる気がするのです。

 たぶんインターネットが持っている利便性とか、使い易さのせいで。

 匿名性とかの問題もあるだろうし。

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 自分のブログもそうです。

 こんな事件が起こると、それに流されてしまいやすい………それがぼくの欠点だと気づきました。表面的なことに捕らわれてしまう。

 わりと付和雷同的なところもあり、世間の評判を気にしすぎるところもあります。

 

 大事なものは、表面に表れない本質的なもの。それを覚えておきたい。と、反省はするのですが………

 

 難しいです。

 自己以外の、外の世界をどう解釈するかは………

 自分のこともちゃんとわかってないし。

 

 それに、人生を底辺で過ごしてきたので(自分の責任ですが……)、友だちもいない、独りですから、上に書いた、誰かと話題にして共感できる………ということもない。

 

 だからその代わりにブログを書いているともいえます。ぼくにとって他者と交流できる唯一の場所といえます。そういう意味で、ありがたいと思って、感謝しています。