65歳の日溜まり (*´・ω・)ノ。゜・☆。

貧乏な独り暮らしで、時々、無性に寂しくなりますが、ふと思ったことを書きます………来てくれて、ありがとう。

「表現の自由」なの?

 おはようございます。

 

 事件の当事者にならなければ、その苦痛や苦しみがわからないと思うのです。

 報道で知る側から発する感想や意見や思いは、どんなふうに意味付けされるのか、考えなければならない問題だと思います。

 

 インターネットの時代だから、誰でも感想を投稿したり書き込んだりできるのですが………ふざけてるなあと不快に思ったコラージュ画像に怒りを覚えたりしたのです………

 



 の、ページを読むと、肯定的に捉える意見もあるようです。

 

 ただ、当事者でないので、「無責任になれる」ところでやっていないか、そこが不愉快なのです。自分に被害が及ばないところで投稿する。

 

 インターネットの無名性とか匿名性の影に隠れた「表現の自由」とはなんでしょう? 自分が傷つかないところでなされる自由とはなんでしょう?

 

………………       ………………       ………………

 

 ぼくは、人生において、「私は私だ」ということが大事だと思っています。

 どんなことが起こっても、自分が引き受けなければならない。それが生きることだと思うのです。

 

 匿名性とか風刺とかは、容易に、誰からかわからない偏見や差別を表現してしまう。

 誰からかわからないので、その偏見や差別にさらされた当事者だけが苦しむ。

 

 そして一方で、「そんなこと、いってないよ」という発言が容認される。誰がいったか、わからないからです。

 

 苦しむ者だけが、放置される。

 

………………       ………………       ………………

 

 ぼくがこんなことを考えるのは、あまりにも神経質に捉えているからだろうか?

 

「誰でも自由に表現できる権利があるだろ」といわれると………黙るべきなのか、と思ったりするのですが………