65歳の日溜まり (*´・ω・)ノ。゜・☆。

貧乏な独り暮らしで、時々、無性に寂しくなりますが、ふと思ったことを書きます………来てくれて、ありがとう。

選挙………について考えてみた

 おはようございます。

 昨日、お風呂屋さんで見たテレビの天気予報によると、明日から暖かくなるということです。関西地方のことですが………

 他の地方で暮らしている人には、その地域の天気予報が必要になります。

 そんなことを思っても………多くの人がそれぞれに暮らしているんだなあと思います。

 

 それぞれということでは、ぼくは若い頃から社会の底辺で生きてきたわけですが、個人の人生に被せられた運命を考えると、しかたない面もありますね。

 

 正規、非正規ということがいわれますが、社会のレールみたいなものは、やっぱりあって、そこから外れて、転落みたいなことになると、正常の生活になかなか復帰できない。

 貧困は最大の原因で、結果です。

 これは社会の病というところがあって、個人の責任でそうなっていると決めつけるわけにはいかない。でも、この社会のシステムでは貧困を生みだすことが、他の人たちの豊かさにつながっているわけだから、社会的にはなくならないでしょう。

 

 消費税10パーセントは先送りされたけれど、17年の4月には導入されることになりました。

 お金を持っている人も無い人にも一律にかける消費税では、お金を持っている人のほうが影響は少なくてすむ。社会保障に使うというけれど、格差はなくならないでしょう。何に使うかで解決できるのではなくて、税をどうとるか、のほうがいまのところ、問題が多い。中間層を貧困に落とす政策だからです。

 

 国というものは生き物だと思うんです。

 病にかかっても、死ぬことは必死で避けるし、なんとか治したいと考える。それでも、原因が根深い場合、結果は最悪の症状になって出てくる。

 

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 中国のような独裁国がなかなか崩壊しないのも、国の機能、システムが、生き物のようだからだと思います。死ぬときは、新しい生命を誕生させておかなければならないし。

 歴史的に見れば、独裁政権は70年ぐらいしかもたない。それははっきりしています。

 

 人が集まって国を構成しているんだから、人の思いが一致した時に変化は起こる。いい方向であれ、悪い方向であれ………

 

 個人の意見は、総選挙の投票では、なかなか反映されないけれど、このかたつむりの歩みが民主主義というものなので、その権利を放棄して選挙に行かないのは、素朴に考えて、もったいない気がします。

 



 このサイトは一種の「俺について来い」的なプロパガンダの匂いがしますが、若年層に向けて、よくまとめてあります。それで………紹介しました。

 

 だめでもともと、じゃないですか。

 国のことは国のことを決める人がやるんだから、個人でせいいっぱいできることは、やる────期待しないで、国と冷静につきあったほうがいいと思うんです。

 国のことは国に任せますが、自分のことは、自分でやるしかないのですから。

 それに、与えられた権利を大事にすることが、自分を大事にすることだ、と思います。

 

 べつに「選挙に行こう」という趣旨で文章を書いたわけじゃありません。

 棄権するのもひとつのやり方です。

 システム的に考えると、国が、個人の意見を聞きたいということで選挙があるのですから、投票を選ぶのも棄権も、個人の自由です。

 

 歴史的に、人間が自由を獲得してきた過程を見れば、自由というのは大事です。

 

 底辺だと、いくら働いても貧乏で、自由がないのと一緒でしたから。

 国が、意見を聞いてくれる機会があるのは、いいことのような気もするのです。

 ぼくは、選挙があるたびに、投票に行くか迷うので………