65歳の日溜まり (*´・ω・)ノ。゜・☆。

貧乏な独り暮らしで、時々、無性に寂しくなりますが、ふと思ったことを書きます………来てくれて、ありがとう。

もうすぐお昼です

 おはようございます。もう11時ですが………

 朝、洗濯をして、ご飯を食べ、病院に行って、帰ってきて、Tさんが家に入ろうとしていたので朝の挨拶をして………すこし話をして、自転車の空気を入れて、洗濯物を、雨が降りそうなので取り込んで………パソコンを立ち上げて、見ていたら、雨が降ってきました。今日は雨の日になりそうです。

 

 秋の長雨っていうから、雨が降って冬に向かってゆくのだろう。

 季節は変わる………そういう自然のままがいい。

 

 昨夜、寝る時に横になって考えていて、ぼくがもしも宝くじとか当たって、田舎に廃屋を買い、ひとりで住むとしたらどうだろう、耐えられるのかな、と考えていた。

 ひとりは寂しい。

 周りが森や林だけで、山のなかのひとりだと………寂しいか………ネットとかあればいいけれど、このあいだ、パソコンで見たのは、「田舎に光ケーブルなんかありません」「ネット環境、難しいんだよな」の掲示板のコメントだった。

 

 ほんというと誰かとつながっていたいんだ、田舎でも………(住むとなると)

 ほとんど田舎に住める可能性などないから、自分なんか大阪府育ちだし、電車ですぐ街に行けたそんな暮らししかしたことがないのだから、自然のほんとのまっただ中での生活なんてできるのか………たぶん、できないんだろう。

 

 田舎でひとり暮らしできるほど強くないし、精神が………心も………

 だいたい、里山暮らしに憧れるのは、都会の生活しか知らないのに自然派志向の人なので………その、じっさいの生活や暮らしは、体験しなければ、憧れという妄想なんだと思う。

 

 田舎は不便だ。

 店がないから物が買えない。野菜とか自分で作っても、調味料とか、加工するものが必要で、それがないと料理にならない。だからスーパー的な店がないと困ることになる。野菜だけ煮ても、ぎりぎりでしか生きていけないのです。

 

 体が不調な時に医者がいない。

 街や村としてないから………過疎化で………生活が安心してできない。水道とか上下水道、道路がないと、文化的生活なんてできない………のです。

 

 インドでは、都会以外はトイレがない。

 家にトイレがないので、すごく不便だ。家の周りで用を足し自然に任せるので、すごく不潔で感染症にかかりやすくなる。

 人間は、自然のなかでは、安心して暮らすことができない………もう、自然の暮らしができないようになってしまっているのです。

 

 なんだかんだいっても………

 ぼくの子供の頃の暮らしを思い出しても………文化的な生活=都会の生活スタイルは、いいものだと思う。それが貧乏ながらできている環境にいるいまが、すごく恵まれていると思うんだ。

 

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 人間は、自然の中で暮らせるほど強くない。

 

 それに、資本主義的生活スタイルが、前近代的な自然とともに暮らす共同体を破壊してしまった。もう前のようには暮らせないと思う。

 

 自然の中に、キャンピングカーを持ち込むことはできる。あるいはトレーラーハウスを。小さな文明的便利さを持ち込むことはできるのだけれど。

 

 電気、ライフライン上下水道、道路、などのインフラは必需だ。それがないと暮らせない。

 

 

 そんなことを考えると………この現代社会維持、大肯定の思考しか出てこないが………

 

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 でも、自然が中心だと思っている。

 人間中心世界観ではなく。

 

 眠る時にすごくわかったように、田舎で暮らすなどというのは、よほどの覚悟がないとできないのです。