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65歳の日溜まり (*´・ω・)ノ。゜・☆。

貧乏な独り暮らしで、時々、無性に寂しくなりますが、ふと思ったことを書きます………来てくれて、ありがとう。

ひとりであるということ

 おはようございます。

 寒くなってきました。今朝からウインドブレイカーを着てラジオ体操に。

 ここ1周間ほど姿を見せない老夫婦がいて、体調が悪いのかと心配になる。話したこともないんだけれど、ラジオ体操って、同じ人が集まるので、ああ、いつも来てはるなあと親しみみたいなものを感じているので。

 また、復帰しはるだろう。

 

 パソコンでネットサーフィンをすることを始めとして、自分の生活は、基本的なところで変わりがない。1995年にwindows95 が発売されてから、パソコンが中心になったことは事実だ。あれから20年近くになるんだな、と思う。すごく変わった。

 つまり、ひとりでいることが世界とつながっている、ということと同じなのだ、という感覚を持てたということ。

 

 個人主義という西欧の世界観が地球を覆ったということ、なのだろう。

 

 情報はあり、参加もできるけれど、どこまでいっても、「個」なのは変わらない。

 

 それでいいし、本来、人間はそういう孤独なものだったのじゃないかということがみんなに認識されるようになった………のは、いいことのように思う。

 

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 現実の生活では、他人に強制して相手を変えようとする圧力が働く。社会はそういうもので、協働とか共生とかは、他人と生きることが前提なので、社会的に中核になる支配的思想を他人に強制するほうが勝つ。

 

 強い奴が勝つ、というのは歴史を見れば証明されている。理不尽なことをしても、強いことをしているほうが勝つ。つまり人間社会では、人に対して優しさのない暴力的な方が勝つということだと思う。

 

 いつも思うんですが、正義とか優しさとかは簡単に暴力の強制力に、敗けてしまう。もともと、他人に勝つ、というものを持たない、優しさとか正義の思いは、それが通じない人にとって価値がない………ものなのだろう。

 

 人は自分が思い込む妄想に生きざるをえないので、他人が自分に優しくしてくれたり、気遣ってくれたりしても、価値がない、と思ってしまう。

 むしろ、他人を貶めたりすることのほうが、自分にとって価値がある、正当だと思ってしまう。

 

 いや、ぼくもそういうところがあるので、気をつけなくては、と思っているので………他人を非難しているわけではありません。

 

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「建前的言説」は、この世間で、多く語られるけれど………嫌いです。他人を動かそうとする思惑が隠れているからです。

 

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 なんか、また、抽象的な話でごめんなさい………

 パソコンの前にいつも座っている落ちこぼれなのだ、と自分のことは思っている。それでいいのだとも。想像の世界では、「自立した個」なんです。