65歳の日溜まり (*´・ω・)ノ。゜・☆。

貧乏な独り暮らしで、時々、無性に寂しくなりますが、ふと思ったことを書きます………来てくれて、ありがとう。

ラジオ体操の朝に

 おはようございます。

 

 すこし、反省しています………というのは、最近、社会の組織のことや、建前的なプロパガンダについてのことなど、を考える日記になっていたからです。

 

 社会は………個人の思いでは、変えられないのに………

 思いを吐き出すことをしてしまっていた。

 たしかに生きる上では思うことがいっぱいあるけれど………それを叫んだからといって、世界が変わるわけじゃない。ぼくらは気づいたときには世界に投げ出されているわけだから。

 

 多分、人が動物であり、他の動物を食べたり植物を食べたりしないと生きていけない、そういう法則のもとにある、という常識的なことと同じぐらい、ぼくらが条件付きの世界に投げ出されているということは当たり前のことなんだ………

 

 実存主義の、「世界にまず投げ出されている」という感覚は────わかります。

 

 これって、自分がいまいる世界に生きていることの責任を引き受けるという覚悟を迫ってきます。

 

 いやだったら、違う世界に行けばいい、のに………と思う。

 それで、そう思うことは、正しいと、感じる。

 

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 朝の、ラジオ体操をしているお寺に、外人の観光客さんが来ていて、お彼岸の屋台もあって………そんな風景を書こうと思っていたけれど……ちょっと違う文章になってしまった。

 いつも観念的な、空想ばかりしているぼく、なんだが………

 それで生きているんだから、よし、としよう。