65歳の日溜まり (*´・ω・)ノ。゜・☆。

貧乏な独り暮らしで、時々、無性に寂しくなりますが、ふと思ったことを書きます………来てくれて、ありがとう。

ふんどしのことを考えていた

 おはようございます。

 少し肌寒い。秋の朝みたいだ。これぐらいが過ごしやすい。

 

 昨日は手製のふんどしのことを考えていました。ずっと手作りの黒猫ふんどしを使ってきたのですが………まあ、ひもパンみたいなものなので、お尻に食い込むのはよくないか………と(笑)。

 越中ふんどしも作ってあるので、それで一日過ごしたのですが………がさがさするのが………ゆるくていいんですけれど。

 

 10年ぐらい前から、パンツは、締め付けるのでよくない、という認識が広がっているようです。女の人の「おしゃれふんどし」もある。

 日本人は12世紀頃からふんどし様のものを使っていたから西洋のパンツよりも歴史がある。

 世界は西欧的ファッションに画一化されているのですが、ほんとうはその国、その土地の風土にあった服装があるはずです。

 

 朝日新聞の事件や、アラブ世界の紛争、独立するかのスコットランドの投票もあるのに、ふんどしかよ! と笑う人もいるかと思いますが、けっこう、個人の生活で大事なのは、そんな細々したことなのではないかと思うのです。

 大きな問題は個人では解決不能なので………全体の風潮に流されるしかありません。

 

 それでも、個人の大事なことが大切です。

 

 世界は、画一化、グローバル化に向かって進む────それは、ほんとうは幻想なのではないか、と思っています。

 そのほうが都合がいいと考える大きな組織とか、巻き込む方の論理なのではないかと。

 

 植民地主義帝国主義が、2度の世界大戦を招いたから、資本主義はグローバル化という世界支配を始めたわけですが────新自由主義という名で────まだ、軍事力で脅して、他の国を侵略、支配したいという植民地主義の名残は、中国やロシアに残っています。

 

 人の世界に、暴力で従わせるという恫喝はつきものだけれど、いいものではないと思うのです。

 

 解決できないことで悩むより、ふんどしのことを考えている方が楽しいので、いいと思っているのです。