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65歳の日溜まり (*´・ω・)ノ。゜・☆。

貧乏な独り暮らしで、時々、無性に寂しくなりますが、ふと思ったことを書きます………来てくれて、ありがとう。

宗教的に………

 おはようございます。

 ラジオ体操に行こうと外に出たら雨。

 夜中も降っていた………

 

 集中豪雨になって、土砂崩れが起こったり………

 水道管が破裂して水浸しになったり………高度成長期に作られた施設や、システムが対応できなくなっているように思う。

 

 無理に経済の膨張を目指してきたから。

 そうしないと資本主義というのは壊れてしまうのだ。

 成長という嘘で、賃金奴隷をだます。給料をUPするが、その分、物価を上げる。紙幣の流通を増やしてインフレにして価値を下げてしまえば、給料のUP分は相殺される。

 それが経済の成長ということだった。

 

 強者は変わらず支配し、犠牲者は必ず必要なのだ。

 

 そういうのが人の社会だと、西成で仕事を探してうろうろしている頃から思っていた。

 いまもその考えは変わっていない。

 

 あまりに厭世的で、虚無的な考えなのだろうか。

 

 自分の性格もある。弱い者の僻みという部分もある。

 

 けれど世界の現実を見れば────紛争で殺しあったり、貧困で苦しんだり、飢餓、災害………そんなことばかりだ。ニュースでわかることは。

 

 そこから、どんな楽天的な生き方が肯定されるだろう。人の世の在り方を見て、気持ちが暗くなるのはしかたないのじゃないか。だからといって、なにもできないのだ、ということがわかっているので、ますます僻みっぽくなる。

 

 個人的には────

 平日の朝はいつも、仏教の教えみたいなラジオ番組を聞いているので、ひとりで心を落ち着かせている。宗教はいつも平和を唱える。どんな世界になっても、人の心のあり方だけが大切で愛おしいもの。平和で、平穏であれ、と祈る、のだが………

 

 個人的に解決するしかないのだろう。

 社会は自分の望むようには変わらない、それがわかっているから。