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65歳の日溜まり (*´・ω・)ノ。゜・☆。

貧乏な独り暮らしで、時々、無性に寂しくなりますが、ふと思ったことを書きます………来てくれて、ありがとう。

だれでも「愛されたい」と願う

 おはようございます。

 

 人は優しい笑顔や、暖かく迎え入れてくれるのが好きなのです。他に欲しいものはない。愛される、ということに、勝るものはない。

 

 どんな人でも、「愛されたい」「大事にしてほしい」と願う。

 愛されている………それさえ信じられれば、どんな苦しみにも耐えていける。

 

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 現実は────愛を、自分の立場を優位にするための、損得勘定の取引の道具に使ったりすることが多い。

 人だからしかたないのでしょう。

 ぼくも無意識に、他人に親切にしたりするメリットやデメリットを考えている。他人のために自分を犠牲にしたくないというのは、人間の永遠の課題だと思うのです。

 

 だから、他人のために犠牲になった人は尊い。尊敬するし、すばらしいことだと思う。

 人は、自己中心的である一方で、他人を愛して、自己犠牲を行った人を讃えずにおれない。

 

 たぶんマザー・テレサがいうように、愛の反対物は「無関心」だからでしょう。他人を物として商品としてみるのは、資本主義社会だからしかたないかもしれませんが、そうではない生き方がある、と教えてくれています。

 

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 自分の子供を殺してしまうような社会は、いいとは思わない。

 みんなそう思っている。