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65歳の日溜まり (*´・ω・)ノ。゜・☆。

貧乏な独り暮らしで、時々、無性に寂しくなりますが、ふと思ったことを書きます………来てくれて、ありがとう。

犠牲者が出ない政策を立ててほしい

 おはようございます。急に涼しくなりました。過ごしやすくなっていいのですが………

 今朝は寒いのでシュラフを出して、包まって寝ました。朝日の昇る時間もだんだんと遅くなってきて、いまは明るくなるのは5時半ごろです。秋が近づいてくる。

 

 公園でも蝉の鳴き声がなくなった。

 近所の空き地で上げる、花火の音も少なくなった。夕方、子どもたちが騒ぐ声も聞こえない。

 秋に向かっていくのだな、という気がします。

 

 広島の災害の不明者は、あと4名。もうすこしで、ご遺体が見つかるでしょう。

 土砂で押しつぶされた家にはもう住めないでしょうが、代わりの仮設住宅市営住宅などに移って、再起をめざしてください。

 

 災害も、不幸も克服できます。

 多くの人が救けようとしています。

 災害が起こらない防災計画がいいのですが、毎年の異常気象は続くでしょう。それを見越した計画を作るべきです。自然には勝てないのだから。

 

 戦後続けてきた社会的ないろんな政治の政策や、自治体の対策が見直される時期に来ているのでしょう。欠陥とか不備を言い立てることは簡単ですが、じっさい、現実にどう対処できるかです。危険があっても、人が死ぬことがないような防災の計画が必要でしょう。いつも誰かが犠牲になる体制では………だめです。 

 人がやる政治だから、犠牲が出るのが、最初から想定内としても。

 

 自然はコントロールできないけれど────自然のほうに人が合わせて、被害が起きないようにすることは可能なような気がするのです。これだけ文明が発達して、人間というのは賢いのだから。

 

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(追伸です)

 広島の土砂崩れ災害が起こってから、自分の日記を読むと、いい人になり過ぎていて恥ずかしい。建前が嫌いなぼくが、建前的なことを言っている。大きな災害を前にして、個人の考えなんて吹き飛んでしまうんだけれど………恥ずかしくて、後悔しています。

 

 自分の責任の持てる範囲のことしか書いちゃいけない。

 どんなに狭い〈我〉の世界 であれ………

 明日から、そうしよう。