65歳の日溜まり (*´・ω・)ノ。゜・☆。

貧乏な独り暮らしで、時々、無性に寂しくなりますが、ふと思ったことを書きます………来てくれて、ありがとう。

今朝の出来事の後で

  今日の大阪市生野区の天気予報を見ると12時に小雨が降ることになっているが────ほんとう? と思うくらい暑いんですけれど。

 

 今朝も、ラジオ体操から帰ってきて、近所のTさんと話をした。

 2日前、骨折で入院から帰ってきたばかりで、昨朝も文化住宅の前の道で会ったから病院生活の様子などを聞いた。近所の介護の派遣会社の営業の人が、面会に何度も来て、介護を週4回したいと、しつこくって────それが嫌だ、という内容だった。

 それで、今朝は、福祉課から届いた書類を見せて、「どういうことかなあ」と訊かれた。「介護認定審査延期の通知書」だった。申請書類の不備=書類が整っていない、ので、ということらしい。Tさんの話では、介護会社が代理で申請したらしいようだった。

 そんな話をしている最中、自転車で通りがかったおばさんがTさんに韓国語で話しかけてきた。ぼくは韓国語がわからないので、黙って聞いていたのだが、Tさんは達者に会話している。入院の経過と、これからリハビリをするみたいなこと。これらは、それまでTさんと話していたことだから、会話の中の単語でわかる。

 

 まあ、そんな朝の出来事があって────後で思ったのだが………

 Tさんって、難しい漢字を読めるのかな? と。戦前におじいさんに連れられて済州島から東京にやって来たらしい。いま、77歳だから、1937年生まれだ。昭和13年になる。終戦時は7歳だ。

 混乱の中で、小学校に通えたのか………

 

 そんなことを考えると、人の人生は様々なのだと思う。

 その人個人でしか体験していないいろんなことがある。

 

 昨日、酔ってブログの記事を書いていて、老人介護の話になったのも、そんなことが頭の片隅に残っていたのかもしれない。政治とかは「一般」の人を想定して、政策を決めたりしているのだろうが、その「一般の人」の想定基準がすこし現実を離れていたら、と………心配になる。

 たとえば、「サラリーマンの平均年収が408万?………

      「総務省統計局」の16-28などを見て下さい。

 ちゃんと正確なんだろうけれど。ぼくが人生の中で会った人で、年収が400万の人などいなかった。

 統計で出される数字と、人生の生活での実感は違う、と思う。統計で一般化できない。

 人生のライフサイクルの見通しができる時代は、すでに過ぎ去ったようだし。

 

 困難があっても、なんとか乗り越えられたら………乗り越えられるし………生きていくとはそういうことのような気がする。