65歳の日溜まり (*´・ω・)ノ。゜・☆。

貧乏な独り暮らしで、時々、無性に寂しくなりますが、ふと思ったことを書きます………来てくれて、ありがとう。

ぼくも戦争には反対ですが

 おはようございます。

 今朝の大阪の天気予報は曇で、昨日ほどの真夏日にはならないようですが、蒸し暑いのは変わりありません。────すこしはましなのか………この古いアパートの4畳半の部屋にいると、暑くって、それ以外に考えられなくって………

 そう思うと、人って、弱いものです。

 自分のいま受けている環境がすべてなんですから。

 

 ぼくは「ひとり仏教徒」で、昨日も、自己中心的な人は嫌いとと書きました。

 それはそれで正しいと思いますが………世の中には、自己中心的な人は多いのです。たぶん世の中を作る原理が「自己中心的なもの」を支柱としているからでしょう。自分をまず優先しなければ、自分の生はないわけです。自分が正義で正しくなければ、相手を支配し、抑えこむ道理がありません。

 

 世界というのはカオスで、生も死も正義も悪も、裏表の二面性でしかなく、同じものとして現れる、そんなふうなものだと思います。

 ぼくが正しいと思うことは、誰かが否定するでしょう。

 

 それにしても………

 いままで生きてきた人生のなかで、自己中の人に多く巡りあってきたのは、自分に原因があるんでしょう。

 本人たちは、「自己中」ではなかったかもしれない。それを、自己中心的だと嫌った自分のほうが、そういう人に多く遭ってくる因縁の持ち主だといえる。

 

 他人と争うことがこの上ない快感だと思っている人もいて、常に攻撃的で相手を飲み込む自分を見せつけるのが好きな人もいます。

 そんな人に、やめたら………っていえない。相手はそれで快感を感じているのですから。

 

 戦争反対を叫ぶ人にも、叫んでいる私が好き、という人がいるでしょう。

 じっさいの危機になれば、まず相手を殴りに行く、恐怖感の持ち主もいるでしょう。

 

 人は単純でも純粋でもないのです。

 ぼくが説教をする柄ではないですが………でも、土木作業員とかで働いていた時の、なんとも表現できない絶望感とか自己嫌悪感なんかは、他人とはなかなか共有できない感覚ですから────そのときの気持を伝えたいと思うのです。それで、なにかをするということでなく、わかってほしいし、お互いが、「そういうこともあるな」と思うことで解決できることもあると思うからです。

 

 世界には、解決できない、感情を逆立てる出来事が多すぎるのです。

 

 人間の本質は────悪だと思います。

 他人を苛めたり、差別したり、自分さえよければいいので、他人を貶めたりする。

 おそらく、宗教の、「愛」は、その反作用で、そうしたほうが生きやすいのになあ………という人の気持から生まれたものでしょう。

 

 世間の「建前」も、「こうありたいなあ」という庶民の願いを単純に言葉にしたものでしょう。

「戦争反対」は、誰でもそう思っていて、誰も戦争したくないと考えているわけですが、その「戦争反対」をスローガンにして、他人を巻き込み、自分の権力を強くする人もいます。

 彼らの戦争反対スローガンは、単純なものではなく、日本の防衛を弱めるための目的でなされているようです。

 どこの国も、自国を防衛していますが、それをやめろと────けっきょくは────侵略をしてくる国を受け入れろと。抵抗するな、奴隷になれと。そういう意味で叫んでいるのではないかと思うのです。そういう結果しか導かないのですから。

 

 人は………ほんとうに誠実な人は、観念的な言葉で現実を括ったりしません。自分の生きていた実感で現実を判断し、考えを述べるものです。

 スローガンとかプロパガンダで騒いでいる人は、ただきれいな言葉で出来た妄想を相手に押し付けて、自分の仲間を増やしたいだけなのです。他人を巻き込み、支配し、コントロールしたいだけなのです。

 

 失業を経験したこともないような人たちが、「国は戦争をする気だ、徴兵される」みたいなこと────現実を、妄想で彩っている、現実離れしたことを言っていると思うのです。

 まさしく、妄想に遊ぶ人達にとっては、自分たちの社会的地位が保障され、その安全なところから、正義の刃を放つ、そういう快感に酔っているという喜びがあるからでしょうが………

 

 世の中は格差の社会だと思っています。

 いざとなったら、世の中を声を上げて動かしている人達は、犠牲になるようなヘマはしないのだ、と思うのです。

 だから、建前とか、スローガンとかプロパガンダで、ようするに現実の一部分でしかないような観念的な分析で、世間とか他人を裁くのはやめてほしいのです。

 

 多くのひとは自分が気持ち良い快感を感じるほうへ行きます。だから、人としてはそれでいいのですが、現実に、チベットで、ウイグルで捕まり拷問されている人がいる現状では、それを想像するだけで、真実の方に近づけるのだと思います。

 偉そうにいえる立場でないですけれど。

 

 じっさい、人は、死んでしまえば、この世界から逃れることができるので、いいわけですが………人は、苦しんでもなかなか生きることを手放そうとしない。この世に対して未練とか執着があるわけですから………