65歳の日溜まり (*´・ω・)ノ。゜・☆。

貧乏な独り暮らしで、時々、無性に寂しくなりますが、ふと思ったことを書きます………来てくれて、ありがとう。

なんか、いろいろ思って

 おはようございます。

 日曜日なので、ラジオ体操に行った後に焼酎をすこし飲みました。

 曇り空………帰り道も小雨が降っていたのです。

 予報では、午後から雨だけれど────

 

 昨日の朝の東北を揺らした地震、には、怖さを感じた。原発も心配だが(また事故にならないか)、防波堤もできてない。津波は、東日本大震災をみると、また、いつか確実に来るので対策が必要だ。

 人手不足とか、予算を投入しても使い切れないとか────いろいろあるんだろうけれど────なら、〈東北の復興事業=震災前の生活を復活する、というのが、うまくいっていないということは〉………ほんとうに、復活することが必要なのか、という根本的な疑問を持たざるをえない。

 

 現実問題として………真剣に生活に必要なら、もう、できているだろう。3年も過ぎたので………町づくりも防波堤も。

 かっての生活に比べて、人口は減り、町づくりも進まず、防波堤もできてないなら、「そういう現実でいい」ということなのでないのか。

 理想は、「震災前と変わらない生活」だが………それができないということは………それを認めて………新しい計画を描いたほうがいいのではないだろうか………

 復興の計画がすすんでないということは………できない原因があるからだろう。

 

 いつまでも震災からの復興にこだわった町づくりではなく、違った生活の仕方が求められていないか。いや、現にそうだから、復興されていない。

 違った生活の仕方がもう始まっていて、それが、公認されず、メディアも取り上げないから、いつまでも、「復興が進まない」というスタンスで報道されているだけなんだろう。

 

 経済的には、18兆円も予算を投入しているんだから、土木、建設は儲かっているはずで、その経済波及効果で町づくりが進むはずと考えたのだろうが……そうなってない。

 

 それは金があり余るほどあっても、使う手段がない────生活をするのに似ている。南極や北極で金を持っていても、使う先の商店もコンビニもない。物もない。金を持っていても、役に立つ働きをしない、ことに、似ているのだ。

 

 防波堤もできず、かってのような町もできず、生活もできないところから、人は逃げ出している。仮設住宅に残っている人も、そこでの生活が仮ではなくなりつつある。

 東北の大きな都市、仙台市とかに人は集まるが、田舎は捨てられている現実がある。

 

 防波堤工事は予算の続く限り、あと何年も行われるだろう。もしかしたら後10年たっても終わっていないかもしれない。原発の廃棄が終わっていないように。

 いつまでも放射能汚染水は溜まり続け、防波堤工事は続く………

 経済が逼迫すれば、予算の投入は終わる。

 復興計画は放棄され、汚染水は海に垂れ流すことになる。それを誰も見ないようになる。………そんな将来になる………

 経済的なことを優先しているだけではないのか………

 

…………………………………………………………………………………………………………………………………

  今朝────頭に浮かんだことをそのまま書いていった文章です。

 

 ほんとうは、書きたいテーマがあった。

 昨日、「ひきこもり」について書いたので、その続きで思っていたこと。

 

 ひきこもりとか、失業とか、鬱的状態を、ネガティブに考えないで────だめなことだと思うのはよそう、ということを書きたかった。

 

 もちろん社会的に見たら、だめな状態なんだけれど────自分だけじゃない、みんな、そうだし、けっきょく変わりはないんだ、社会に適応して働いて苦労して………疲労困憊している追い詰められた人たちと………そう思えること。

 

 ひきこもりとか個人の苦しみとか、なんでもないことです。

 なんでもないことに苦しんでいる。

 というより、人間は苦しんだり、憎んだり、恨んだりすることが好きなので、そういう暗い狭い自虐の状況を愛したりする、ということを、わかってほしいのです。

 

 人間の心理の不思議かもしれません。

 自虐的な状況を作り、苦しむことが好きなのは。

 

 どんな人間でもプライドがあるから、自分が尊重されないところでは生きたくない、という思いがあるのです。

 

逃げ癖が抜けなくて~」というスレッドを読んでいて………「こりゃ、ネタかもしれないけれど………まあ、いいことだな」と思ったので………読んでください。

 

 どこにいても、生きられます。

 

 生きたいから、苦しんでいる、ということがあると思う。

 

 では、「どう生きたいか」ということなんでしょ、問題は。

 

 それさえわかれば、どう生きるか、は、問題じゃなくなる。

 

…………………………………………………………………………………………………………………………………

 禅問答じゃなしに………それを伝えたかった。

 

 とことん考えれば、考えにとらわれている「自己」が、つまらないものだ、ということがわかると思う。

 大事なのはプライドを満足させることじゃなくて、どこで生きても、プライドが傷つかない、そんな自分でいることです。それをいいたかったのです。