65歳の日溜まり (*´・ω・)ノ。゜・☆。

貧乏な独り暮らしで、時々、無性に寂しくなりますが、ふと思ったことを書きます………来てくれて、ありがとう。

引きこもっていたりする人に

 おはようございます。

 

 いつも思っているんですが────今、ニートであったり、引きこもっていたり、失業者であったりして希望をなくして絶望している人、たちに………

 それでいいんだ………と肯定的に考えてもいいと思うんですね。

 自分も底辺を生きてきて、誰も助けてくれなかったし、助けられることも、望んでいたけれど、どうしていいかわからなかった………それで、西成で日雇いをしていた50歳までは辛かった。なんか………仕事なんか見つかるのかと思っていたし………見つかって仕事をしても、なんの希望も叶えられない………賃金も低いし、貯金をして、どうこうできるという状況でもなかった。

 生きることとか、将来が………見えなくて辛かった。

 計画なんかできないし。どう生きるか………

 

 だけど、いま、64歳になって思うんだけれど………

 すべては過ぎ去る、過ぎ去っていくというのは事実です。

 過去になる。

 

 なんとかなる、ってことは、すごいもので、ほんとうに過ぎ去って、すべて過去の事になり、なんとかなっている。

 まあ、生きているからか………

 

 生きてたら、なんとかなったんだ、という証拠だから、なにも考えず、悩まず、問題はない、と思って、その日を生きるだけなんです。

 

 生き延びたら────なんとかなる。

 なにもなかっても、生きているのはいいこと。

 感謝する。

 

 絶望することとか、希望がない、生きる意味が無いことは辛いけれど、けっきょく、すべては終わるんだから、そう考えたら、拘る必要はないと思えます。

 自分ができることを、少しずつやっていくのがいい。

 お金なんて関係ない。

 ホームレスをしても生きていける。

 世の中は、変てこで、どこでも生きる余地はある────そう思う。

 

 こうしたい、ああしたいじゃなく、こうでしかないのだから、少しずつ、自分が心地いいように────他人も心地いいように、していこう、と考えられたら………

 

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 偉そうにいってすみません。

 でも、上から目線ではないんです。

 なんでも、心の有り様だから────仏教ではそう考える────できることから、やってみる………

 有縁を渡す。自分も助けてやる。

 

 昨日は、「世界で苦しんでいる人が多い」と書きましたが、ここの日本でも、苦しんでいる人が、いて────それは同じようにつながっている。

 自分が苦しいことに気づいたら、他人を助けてあげる………有縁を渡すべし。

 

 いま苦しんでいることはたいしたことじゃないんだ、と考えたほうがいいと思うんです。

 苦しみは克服できるし、なくなるから、がんばって。