65歳の日溜まり (*´・ω・)ノ。゜・☆。

貧乏な独り暮らしで、時々、無性に寂しくなりますが、ふと思ったことを書きます………来てくれて、ありがとう。

ひとりでひきこもり。

 おはようございます。

 すこし曇り空です。洗濯はしたのですが。

 ほとんど2日に1回は、手洗いで洗濯をしているので、苦にならないのです。こういう自分のペースで生きていけるというのはいいです。だれにも命令されないし、自由に自分のすることを選べる。

 それがいちばん「自由」ということかもしれません。他人から干渉されないということが。

 他人と自分との距離を、自分で選べるということが。

 

 ぼくは50歳ぐらいから、友達付き合いみたいなものをしなくなって、55歳には知り合いに年賀状もくれなくていいとお願いした、社会から撤退したのです。

 ひきこもりとか、孤立というやつ。

 もう自分が生きてきた人生の大掃除というか、始末をしようと考えていた。

 他人から身を引いて、関係を徐々になくしていき、社会的なものも、自分の中からなくしていくようにした。

 持っていた物は捨てて整理するようにした。

 まだ、本があるけれど………いずれ、読んで「もういいよ」と思ったら、すべて捨てるようにする。

 意外と、価値あるようなものはない、ということに気付く。

 

 いまは、近所の人と会っても挨拶をするぐらいだし(まあ、話はするけれど)、世間から遠ざかっている。

 

 思い出があるようなものはすべて捨てたし─────だって、それは、個人にしかわからないもので、他人には価値があるものではない気がするし。

 

 若いころ考えていたように、人は、どこからか旅をしてきて、どこかに去っていくものだ、と思っていたので、そういうふうに人生を終わりたい。

 

 心理学でいう「ライフサイクル」という考え方には、そぐわない。違う生き方もあるということです。

 

 

 友達はいないので、寂しいと思うこともあるけれど、それは「人生の本質は孤独だ」という真理があるので、納得している。

 

 寂しいからといって、他人を求める─────けっきょく、自分の淋しさのために他人を利用する、他人に依存する、ことになる、そんなことは避けたい。

 だれでもほんとうのところは孤独なので、それをわかって、できることは、たくさんある─────ひとりでもできることです。

 

 どれがいい、これがいい、これが価値がある、これは価値がない、なんていうことをいっていると、ずっと迷ったままです。

 それに流行りの価値観に翻弄されることになる。

 ぼくは、ひとりでいいと思っています。静かだし。

 ひとりであることからしか、ほんとうの気持は始まらないと思っているので。

 他人にも干渉しないし、自分も干渉されない。