65歳の日溜まり (*´・ω・)ノ。゜・☆。

貧乏な独り暮らしで、時々、無性に寂しくなりますが、ふと思ったことを書きます………来てくれて、ありがとう。

仏教が好きなわけ

 おはようございます。

 ブログのサブタイトルでもわかるように、この世のネガティブなことを肯定したい、ということがあります。世間で否定的に捉えられているものを………端的にいって、ひきこもりとか、働くのが嫌なこととか、他人と付き合うのを拒否したいこととか………

 

 自己啓発書などを読むと、多くの違った業界とかの人と交際して、他人の海のなかを泳ぎまわるのが、ベストな生き方みたいなことが書いてあります。人生の目標を持ち、自己実現を果たすこととか。

 

 ある程度の生活のレベルが保証されていないと、出来ないでしょう。少なくとも安定した職場で働いていないと。

 

 この世のネガティブなこととは、世間からの落ちこぼれなんです。

 一度、転落してしまうと、這い上がるのは難しい。

 とにかく、頑張れ! 頑張らないと、他人の下に立つことになるぞ! というのが、自己啓発などの俗流心理学で書かれていることですが、現実社会に適応しないとだめ、ということみたいです。

 

 若い頃は………がんばったこともあったのですが………

 中年になる頃に、それまで好きで読んでいた仏教関係の本に書かれていることが、身にしみて感じるようになった。

 人生って虚しいなあとわかっていたんだけれど、じたばたして、気持が落ち着かなかったことが、もう、いいや、と思いだした。

 

 人生の重要な目標とか自己実現のことは、ほとんど、中年までのことで、それを過ぎてチャレンジするのは遅い。

 それに中年を過ぎて、社会の最下層だと、そういうところから抜け出せないのがわかる。がんばっても意味がない。

 

 社会にはあまりにも一元的な価値観しか流布していない、と思う。

 

 ぼくが仏教が好きなのは、社会の価値観が通用しないからです。ただの、無とか空の世界だからです。価値を計る分別を嫌うからです。差別することを嫌うからです。

 たまたま生きているだけで、生きることに価値をつける、のを拒む。

 そういう生きていることをまるごと拒絶するみたいな、考え方が、好きだからなんです。自由で、大胆で、不安がない。べつに焦って生きる必要もない、と考えると、安心です。

 

 なんでもいいから、この世にいる時ぐらいは、仲良うしたらええがな、という思想です。

 

 仏教が宗教になっていて、金儲けの手段になっている現状は残念です。

 

 ひとりで信じたりして、のんべんだらりと生きていくのがいい。