65歳の日溜まり (*´・ω・)ノ。゜・☆。

貧乏な独り暮らしで、時々、無性に寂しくなりますが、ふと思ったことを書きます………来てくれて、ありがとう。

ベーシックインカムの4

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 これは昨日、歩いていて撮った写真です。電信柱が好きなんです。なんか、がんばっている気がするから。

 

 ベーシックインカムは、貧困を解決するのに、なぜ導入したがらないのでしょう。

 アメリカの共和党が、オバマ大統領が提唱する低所得者層への福祉政策を、支持しないのと同じ気持ちかもしれない。「なぜ、低所得しか稼げない者を、助けるんだ?」

 自由主義社会では機会均等が、誰にも保証されている、と勘違いされている。

 成功する人も、なに不自由なく暮らせる人も、わずかです。

 だのに、多くの人たちも、幻想に浸っているんです。そう思わないと、生きる元気も湧いてこないし、がんばる気力もなくなる。この格差を受け入れることもできなくなる。

 

 人の気持ちというのは、難しいです。

 生きがいがあれば、多少の困難でも、乗り越えられる。納得する気持ちがあれば、理不尽な扱いにも耐えられる。

 苦しくても、それを生きがいにすれば、生きていける。

 

 昔から───世界はひとつの閉じたカオスだと思っていて、誰かが得をすれば、誰かが損をする、誰かが幸せなら、誰かが不幸だ……と思うんです。

 

 働くことができれば、貧困に陥らなくて済むのに、なぜ、失業などという現実が待っているのでしょう。たぶん資本主義というシステムの調整弁なのでしょう。

 体制を維持するのに、いつでも使える安い労働力を用意しておく。

 経済学の本など読んでいると、失業率が何パーセントなら、こうなって、何パーセントならこうなる、なんて書いていますが、数字の上で、社会の問題が完結されていて、失業者の現実の状態など、考えられていません。

 生命保険会社の生命と同じで、利益や、損率でしかないのです。

 

 経済学では貧困は救えないでしょう。

 

「仕事を選ぶから、悪い」とかいわれますが、条件の悪い仕事しかなく、そういう仕事を転々としてきて、ますます貧困に落ちていくのに───なるべく安定した仕事をしたい、そういう仕事につきたいと思うのは当然だと思うんです。

 

 仕事をしない生き方、が、できるならそうしたい。

 でも、なかなか難しいようです。

 

 いつも、ここに帰ってくるのですが───けっきょく、気持ちの持ち方でしか、解決しないのです、人生を幸せに過ごせるかは。現実は、いろいろありますから。