65歳の日溜まり (*´・ω・)ノ。゜・☆。

貧乏な独り暮らしで、時々、無性に寂しくなりますが、ふと思ったことを書きます………来てくれて、ありがとう。

厄介者になって……

 おはようございます。今朝も暑いです。

 朝方まで窓をあけて寝ていても、風邪を引くことがないくらい蒸し暑いです。今週、大阪も梅雨入りしそうですが……

 今朝はハローワークに行って、高齢者でも雇ってくれそうなところを探しに行きます。民間で、高齢者を雇いたいという会社……バイトで雇うにしても一定の労働基準法に従わなければなりませんし……難しいでしょうね。ぼくが会社側の人間だとしたら、敬遠しますもの。

 高齢者があふれる社会になるのがわかっていたのですから、国が仕事を作り、運営すればいいんです。安い労働力としてではなく、歳をとっても生きがいとして働いたり、社会と関われる活動として。

 

 ただ、老人を受動的な福祉の対象者として見るから、金がかかる厄介者になってしまう。

 老人医療とか老人福祉とか、つまり、老人=福祉にかかる人、にしているから、企業が福祉に参入して金儲けしようとするのですから。医療界は前から老人医療費をふくらませることで儲けてきたのは、周知の事実です。

 

 受動的な立場に人間を置くと、健康をなくします。

 寝たきりになったり、孤独になり、孤立するようになる。

 

 資本主義の社会ですから、効率よく稼ぐことができたらいいわけで、そのためには対象者を受動の立場に置いておくのがいちばん合理的、というのはわかるのですが。

 

 社会の人間関係を規定しているのは、その社会のあり方=たとえば国の政策に代表される共通の認識、だと思う。

 

 人が生きる時に、誰かを厄介者、役に立たない者と見る、そういう社会は、異常だと、ぼくは思うのです。

 子どもが放っておかれて衰弱して死ぬようなことがない社会にして欲しいです。