65歳の日溜まり (*´・ω・)ノ。゜・☆。

貧乏な独り暮らしで、時々、無性に寂しくなりますが、ふと思ったことを書きます………来てくれて、ありがとう。

適当に生きる

 おはようございます。

 あまりに暑い日が続くのですべて夏物に換える。短パンとTシャツで、いままでのシャツとか……洗濯をする。洗濯は好きなので、ほぼ毎日、手洗い、している。

 

 このあいだまで寒かったのに、こんなに暑くなる。地球の地軸の傾きは、すごい影響を与えているんだ。

 気候がなぜ変化するのか。

で、わかるけど、そんなに太陽の活動はすごいのだ、宇宙空間を通ってきて、光と熱を伝えるほど。

 

 宇宙のことなど考えると、いろんなトラブルも、人の小さな問題と思えてくる。

 

 ぼくは、ひきこもっていて、人とつきあうことがないから、いまは楽だけれど。

 どうしても社会の集団の中で生きていかなければならない、と考えるから、苦しいので、ひきこもって、人とつきあわなくていい、むしろ、なるべく他人と接触しない生き方を探す、みたいなことで、いいんじゃないか。

 

 成功のために人脈をこしらえろ、みたいな自己啓発の考え方は、強い生き方ができる人のためにある。人脈を作って、他人と交流し、利用し、成功を目指す。この社会で、なにかに成功するのは、成功しない人が多くいるという現実があるからです。

 

 生きろ! というけれど、そもそも、なぜ、集団の中でしか生きられない、限定的な存在なのか? 人は。

 いろんな群があり、多様な生き方ができる、そんな社会になったほうがいい。

 群れに参加するもしないも、自由だ━━━そんな社会。

 

 昔から、生きるために、どうしても働いてお金を稼がなければならない、というのが疑問だった。お金がないと物が買えなくて、食料も買えないから、お金が必要なのはわかるけれど、なぜ、こんな社会にしているのか? と思っていた。

 マルクス経済学を知って、ブルジョアジーという階級が作り上げたシステムだと知った。

 一時は過激派と呼ばれた中核派のシンパになり、集会に、いわれるままに参加し、デモにも行って、機動隊に殴られたりもしたが、いまになって思うと、自分が、満足するための抗議行動にしかなってなくて、政治組織の下っ端の兵隊だったし、それでなにか社会が変わったわけじゃない。

 

 それまで、西成で土方の日雇いをしていた頃は、釜ヶ崎共闘会議の知り合いと生活もし、その限界を感じての中核派参加だったのだが……

 もう、30年も前の話だけれど……

 

 政治とか、活動しても、活動する者が組織で重要視され、地位が増すだけで、一般の兵隊には関係ない。どんな組織でも、いわれるままに動かなければならない、利用される者と、命令したり、活動の方針を立てたりする核になる者に別れる。核になる者はその業界のエリートなのです。

  社会は強い者が作っているし、そういう人がリーダーになる。

 

 人とのつきあいが、自分にとって価値があり、気持が楽しければ、やればいいし、苦になるものなら、やめればいい。

 この社会は、引きこもりとか、社会の役に立たない部分とかを、充分、養うだけのキャパシティを持っている、と思う。

 

 競争社会だっていわれるし、集団に参加しなければ、ひきこもりと揶揄される。

 ぼくのような老人になってしまえば、ひきこもっていても、それが当たり前で、むしろNHKに孤立老人と心配されるぐらいだ(笑)

 でも、若い時は、ひきこもりは目立つし、社会のほうで、赦してくれないだろう。

 働けよ━━━って、いわれる。

(いや、成功して金を持っている人は、額に汗して働いていないのだが━━━それで許されているのだが……)

 たぶん労働力と見なされるからだろう。

 まあ、社会の中の位置として、労働力と見られるのはわかるので、それは、受け入れるべきだろう。自分が真にどういう存在であるか、は、ほおっておいて。

 社会に楯突いても、世の常識(間違っていることが多い)とかが、強い。強いものに逆らっても自分が苦労するだけです。

 

 働いて、税金を納めよ! 結婚して、子どもを育てよ! 苦労することに文句を言うな、働け、働け、そうすれば、いい人生が送れる、自分のことは考えるな、他人の犠牲になれ! 人から信頼されろ、頼られる人になれ、自己犠牲が生きがいだ!

 一面は真実です。

 この社会の、みんなが信じるイデオロギーを受け入れて、熱心に活動すれば、実を結ぶこともあるだろうと思います。

 

 それでも、過剰な自己犠牲は、苦しみの元ですから、なるべく、手を抜いて、働きましょう。多くのひとがやっているように、働くふりをして給料をもらっていても、誰も非難し、罵る人はいないはずです。

 社会の論理は、社会の論理ですから、適当に受け入れていればいいのです。適当にやればいい。建前社会では、それを批判する人も現われるでしょうが、それで他人を苦しめるわけではないのですから……人を貶める人より、ましです。

 

 適当にやって、自分のことも助けてあげて下さい。自分がいちばん大事です。自分の味方は自分だけですから。

 優劣社会なので、他人はすぐに、あなたを貶めてきて、劣等感をもたせ、自分に都合のいいようにコントロールしようとします。そういう人は友達ではないので、適当にしていればいい。相手の問題なのです。

 

幸せのホームページ」を参考にして下さい。ぼくは、時々、見ています。