65歳の日溜まり (*´・ω・)ノ。゜・☆。

貧乏な独り暮らしで、時々、無性に寂しくなりますが、ふと思ったことを書きます………来てくれて、ありがとう。

中国は滅びる

 書く記事の内容は、いつも、前日に考える。ひらめく場合もあるし、その前の記事の流れで決まることもある。だから、このブログは日記じゃないんです。だからといって、何? とは思うけれど。

 勝手に、頭のなかに浮かんだ考えを書いている。世界のニュースとか、現実とは無縁かもしれない。

 

 それでも中国がウイグル人を弾圧したり、人が拘束されたり、拷問されているのは、気持がざわめく。なにもできないけれど。

 権力を持ったものが、自分の都合よく支配している、現実を知るだけで、いい。

 人は暴力に怯えるから、やくざなやり方が、通る。相手を黙らせることが出来る。

 人は暴力や肉体の苦痛に耐えられない。そうできています。

 

 人は殴られたり、頭を打ち付けたりされると、すぐ衰弱死する。

 たぶん、肉体の生の限界を超えたというより、精神的に、死を受け入れるから。

 

 自爆テロ攻撃は、「どうせ死ぬなら、道連れに、お前も死ね」ということだと思う。

 死は平等だ。

 殺されるぐらいなら、殺そうとしてくる相手も死ぬべきだ、と思っているのだろう。

 死は平等だ。

 

 昔から、「人を殺す者は、自分が殺されてもしかたないだろう」と思っていて、死刑制度にも賛成だ。(ぼくの考えでいくと、自殺制度ということになるが)

 裁判で死刑を言い渡すから、残虐だとか人権弁護士が騒ぐので━━━人を殺した本人が、生きるのか自殺するのか決めればいいと思っている。生きたいというのなら、社会を離れた離島に追放すればいい。(社会のほうにも、人を殺した者を受け入れない権利はあるだろうと思うので)

 

 人を殺す者は、自分を殺す権利はあっても、生きる権利はない。人を殺して生きる権利はない。

 

(真相はわかリません。ウイグル人がやったテロかどうか……中国人の派閥争いかもしれないので)

 

 中国が、自爆テロを抑えこもうとすることは失敗するでしょう。

 自分が相手を殺しているから、死をかけて攻撃してくるのだから。

 死は平等だから。

 自爆テロの影には、人権を無視した弾圧、拷問、殺害、生活の破壊、民族浄化、虐殺といってもいい少数民族への政策がある。

  死は平等だから、自爆テロはなくならない。

 生きることが出来てこそ、なくなる。

 

 暴力で相手を支配するものは、滅びる。それが真実です。

 人が願うのは、暴力での被支配、でないからです。

 

 ひとりの人間でも、この世で撒いた種は、この世で刈り取らねばならない。自分が作った原因は、その結果を引き受けなければならない。誰もがそうなのです。

 国という人が作った組織も、その法則をまぬがれません。

 

 人が願うのは、暴力での支配、でないから───それは滅びると思う。

 

 ウイグル人は中国人とは違う民族です。中国に併合されていることがおかしいのです。同じくチベットも、モンゴルもです。すべて、共産党が侵略して、虐殺して、支配下に置いた歴史がある。

 漢族は歴史をふりかえると、一度、滅びています。いまの漢族はモンゴル人との混血の末裔で、民族や国の正当性を引き継ぐものでない。また、中国は異民族によって侵略、支配されて、王朝が変遷して作られてきた。独裁者が変わってきただけの歴史しか持っていないので、近代でいわれる「国」じゃないんです。民と関係ない支配者が交代してきただけなのです。その歴史的な遺伝子が、「国を治めるということは、他民族を侵略、支配することだ」という記憶として残っているのだろうと思う。

 

 べつに、ぼくには、政治体制なんて、専制でも独裁でも共産党でもなんでもいいのですが、庶民を苦しめて殺すような国は、国ではないように思います。そういう国は崩壊します。