65歳の日溜まり (*´・ω・)ノ。゜・☆。

貧乏な独り暮らしで、時々、無性に寂しくなりますが、ふと思ったことを書きます………来てくれて、ありがとう。

善きことへ

 いい天気になったので洗濯をしました。まあ、ほぼ毎日、手洗いの洗濯をしているわけだけれど。晴れて、カラッとしている日は、気持が良いので。

 

 すべて、善いことに向かうと信じています。

 人のやること、歴史とか、思想とか───すべて善い方へ───目指しているんだ。いや、そうならざるをえないんだと。

 

 人は愛がない状態で生きていくのは困難です。恐怖とか忍従が生活なら、それを受け入れて生きていくことが出来ない。

 

 いまは苦しくて悲惨でもいつか穏やかな愛し合える世界が来る、という希望があるなら、生きて行けます。

 人はいつも愛を目指すし、愛し合える世界が好きだ。

 

 暴力と恐怖の支配が好きだ、という人間は、人間性が壊れた人だけでしょう。そういう人は、自分がいつも殴られ、命令され、服従させられ、苦しく、死ぬのを待つしかない、それを好きだ、といっているのと同じです。

 死ぬのなら、殺される喜びよりも、自決する静かな歓喜を選ぶ、のが人の本質にかなっていると思う。

 

 人の歴史などを見れば、恐怖と暴力のオンパレードですが、それでも人間は、いつも善きことを希み、求めてきたのでしょう。暴力と殺されるのが好きだという人はいないのです。

 

 穏やかで愛し合える世界が好きなのに───現実は違う……

 

 でも、人が、愛を望むのは、人の本質なので、いつか愛し、愛される世界が来る、と信じて生き続ける。こんなにも切なく愛を求めている生き物はいない。

 言葉が違っても、人種が違っても、性が違っても、国や育ってきた環境が違っても……他人に愛されたいと思う生き物は人間だけです。

 だから、どんな矛盾に陥ろうと、希みと違う現実であろうと───いつかは、望みは叶うと思えるんです。