65歳の日溜まり (*´・ω・)ノ。゜・☆。

貧乏な独り暮らしで、時々、無性に寂しくなりますが、ふと思ったことを書きます………来てくれて、ありがとう。

遊びをせんとや

 

 64年間生きてきて、それを人生だというと、質を問われるわけだけれど───

 それぞれの人がそれぞれの在り方で過ごしてきた……

 だから、自分の過ごし方も、恥じることはない、そう思っています。

 なにも成果はあげられなかったけれど……

 

 ほとんど、人は死ぬときに、「こうしておけばよかった……ああしておけばよかった……でも、しかたない……もう、すべて、よかった……いいのだ……」

 と思って死ぬんだ、と思うんです。

 死ぬときのことを考えるのは大事です。メメント・モリ

 死を考えなければ、生きる意味も考えることが出来ない。

 

 それでも人は単純に、体が弱って死んでいくので、しかたないのです。

 

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 なんで、朝からこんな考えをしているかというと───「すべてはゲームだ」という考えが浮かんだからなんです。

 心理学では、よく、人生をゲームに例えます。

 仕事も───ゲームだと思えば辛くない。

 

 ストレスにならないように……

 自分を守るために。

 受け身の自分にされている状況を超えるにはその現状をゲームとして客観化する、視点が必要なんです。

 

 人生は壮大な遊びだ。そうともいえるかも知れません。

 人間関係も───人脈を求めることが自分を有利な立場に置くことになるこの資本主義的ビジネスにおいては、ゲーム感覚の効率的成果かも知れない。

 ふむ……なんて、人間は、こんな世界に踏み込んでしまったんでしょう。

 

 つまらない。

 現状を超える気持を維持するために、ゲーム感覚の軽いものとして捉え直すなんて。

 

 でも、多くの人は、そういう世界を受け入れざるを得ないし、そうしないと生活していけない。

 難しい問題でもあるし、つまらない視点ともいえる。(文句を言っても始まらない、対案がないと……)

 

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 でも、「人生は遊びだ」というのは本当だと思います。

 

      遊びをせんとや生まれけむ

 

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