65歳の日溜まり (*´・ω・)ノ。゜・☆。

貧乏な独り暮らしで、時々、無性に寂しくなりますが、ふと思ったことを書きます………来てくれて、ありがとう。

豊かな生活って何? といつも思っている

 お早うございます。

 朝、いつもラジオ体操に出かけるんですが、歩くと汗ばむほど暖かくなりました。毎日の習慣───それは大事です。習慣になれば、体や心に親しみが湧きます。自分の体が自分のものという感覚は大事ですね。心も自分のものと思うことも。自分の体や心がぴったりきて気持ちがいい、そんな感覚。それが「生きている」という気持ちになっている。

  世の中は、そんな気持ちを否定するようなことで満ちていると思います。「お前はこうだ」「お前はこれでしかない」「お前は価値がない。利用価値がない」「役に立たない」「お前は迷惑をかけている」そんな外からの決めつけてくる声が、いっぱいです。

 マスコミは視聴者や読者を「何も知らない、教化しなければいけない愚民」として扱っているようですし、社会的に地位や名誉のある人は、自分と同じレベルにない人と付き合うのは、窮屈そうです。差別や格差のピラミッドの体系のなかで生きているのですから───誰もが。

  ぼくは底辺で生きてきたので思いますが、社会は恫喝と洗脳と侮蔑と心を萎縮させるための目立たない暴力で満ちています。最下層で生きると、従わなければならないことだらけで自分の思いは通りません。下層民だけではないかもしれませんが……

 たまにはピラミッドに属しない優しい人もいますが、多くは社会の階層に従う人ばかりです。生きるためには社会のルールに従うしかない。そのルールは自分が決めたものじゃないのですが……受け入れると了承したものでもない、ただ、社会の見えないピラミッドのなかで安心して生き延びるためだけの処世術です。みんなと同じことをしていれば、同じことを考えていれば、安心なのです。

 それで、虐められたり、枠からはみ出す人も出て来るわけですが───たぶん、そういう人を作り出して、みんなで苛めたりして、団結や結束力を高めたり、価値の無い者を貶めることで気持がすかっとする心地よさがあるからでしょう。ダメな奴を排除すると、社会がうまくいくような気になって気持が高揚します。自分も今までの人生のなかで、苛められる立場になったこともありました。

 人生は、後悔することばかりです。

  子供を育てられなかったのも、いつも申し訳ない気持ちでいます。思い出しては心のなかで謝っています。(これは歳とったせいでしょう)

 ときどき、「豊かさとはなにか」と考えます。幸せに暮らす社会とはなんだろう。生きることは心が豊かで幸せであるべきです。

 

 資本主義社会は詐欺のようなもので、金儲けのためには人の心などどうでもいいのです。騙すテクニックに踊らされて、夢を見て商品を買ったり、売り込まれたりする。その商品を買えば豊かな生活が出来るような気がして買ってしまう。

 人間関係も効率や利用価値や自分にとって心地良いかで決めてしまう。本屋さんに並べられている本も、優しい人間関係を結ぶことより、いかに他人に受け入れられ、人脈を利用するか、が書かれたの俗流心理学の本が多いのです。

 「母さん助けて詐欺」と同じで、じっと部屋にいても、電話やパソコンなどを利用して、詐欺商法が忍び寄ってくる、そんな社会。他人を疑わなければならない社会は嫌です。とくにネットで巧妙に宣伝し、ひっかけて登録させ、金を請求する詐欺商法が横行しているので注意が必要です。姿の見えないところで、意味のあることがなされるなんてないのです。心あるものは、正直に自分を出して他人と一緒に生きようとする気持を持っているものですから。

 

 

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  また暗い話になってしまったようです。

 自分の認識がネガティブで厭世的なので、しかたないのでしょう。ほんとうに、人生、いいことなかったから、ネガティブです(笑)

 もうすこし、短く書きます。どれだけ長く書いても、短くても、頭のなかにある考えは同じだし……

 もっと読みやすく。簡単に。愚痴みたいな話は長かったらダメ! と思うし。