65歳の日溜まり (*´・ω・)ノ。゜・☆。

貧乏な独り暮らしで、時々、無性に寂しくなりますが、ふと思ったことを書きます………来てくれて、ありがとう。

反日とか親韓、媚中の報道があるけど、イデオロギーは庶民には関係ない

 お早うございます。

 【憎しみについて】

“北朝鮮化”する韓国の対日姿勢

という産経新聞のオンラインの記事を読んでいました。なんか批判の手口が「必死に」より「切実に」なってきていて、居心地の悪さを感じているようですが、韓国に住んでいればそういうことになると思います。日本に対して親しみを感じたり、肯定的に見たりする人が少ないのですから。正直に言って「日本人を憎んでいる」と思います。そういうところに住んだり、関係を持ったりするのは、憎しみを浴びて精神がおかしくなるだけです。病気になります。

 

 人は「憎しみ」で生きるものなのです。憎悪はネガティブな感情ですが、いちばん生きていることを実感しやすいので。愛とか平和より、憎しみのほうが、生きてる感が実感できるんです。他人を憎むほうが自分の今の状態や、不幸が他人から来た、他人が原因だ、と理解できるので。納得するわけです、他人が不幸の原因だと。

 だから他人を憎む。憎しみが深いほうが自分の不幸を生きやすいし、生きて、他人を土下座させたり謝らせたりすると深い満足があります。自分の正義が世間に、天に、世界の法則に認められたからです。

 他人を憎むことは正義なんです。

 自分が生きるために憎む他人が必要なんです。

 

 傍から見れば病的なんですが、憎むというエネルギーはなにものにも代えがたい。生きる支えになっているので。憎しみしか他人と交流する手段がないのです。

 

 誰でも人は完全な人格で生きているのではありません。

 ぼくがこんなことをいうのは、自分の母親が憎しみの専門家だったからです。夫を憎み、子供を憎み、親戚を近所の人を憎んで貶めて、人を巻き込んで生きてきました。いま、90歳になりやっと他人の悪口をいう元気がなくなったようです。もう憎まなくても生きていけるようになったのですね。

 

「憎む」のはネガティブなことと思われていますが、憎むのは生きることでもあるのだと思います。なんの成果も果実も産まないものであれ、憎むことで生きる目標とか生きている実感が得られるのですから。興奮して───鎮静する、ある意味、カタルシス、性的興奮に似ている。アドレナリンが吹き出し、わめき叫ぶと、静かな落ち着いた没落感が訪れる。悲惨の認識、陰惨でもいいという満足感。どこかに心理学的な裏付けがないでしょうか? ぼくは子供の頃、ずっとそれを体験してきました。ぼく自身も嫌な子供だったからなあ。母親を見ていた。

 

 多くの朝鮮人の人たちは、マスコミや、国の関係者がいうような、反日をする人ではないと思います。教育で反日思想を植えこまれているといえ、それはそれだけのものでしょう。自ら行動して反日をする人は少ない。日本で「朝鮮人帰れ」とデモで叫んでいる反韓の人が少ないように。多くは、国同士がいがみ合う、困ったことだな、と思っているだけだと思うんです。

 ただ、国の政策というのは現実にすごく影響します。

 対馬も韓国資本が土地を買い占めていますし、中国は北海道を狙っています。

 国策でそうしているんだということを知っておく必要がある。いつの間にか、隣に住んでいる人が中国人で、学校や会社のボスが朝鮮人や中国人になっていたということがないように。他人の国を、静かに侵略するという政策もあるのです。表面的には日中友好とか日韓友好とかの建前で……資源を手にしようとする、資本主義の世界なんですから。まあ、日本だってODAとかいって、無償の支援だとかいって、いままで、開発途上国を経済侵略したといわれていたこともあったのですから───みんな、同じですよ。

 ただ、反日を公言している人が隣に住むのは嫌な気がします。

 誰でも仲良く暮らせばいいじゃないか、という意見もあるでしょうが、やくざな人がなんの了解も取らず近所の人になるのは嫌でしょう。反日の中身は検証も具体性もない言いがかりや脅しですから。ヤクザの手口です。「謝れ! 金をよこせ!」

 

 庶民というのは政治家が考えているほど単純じゃありません。そんな、上から目線で動かしてやろうとすれば、動かせる、そんなものじゃないのです。

 

 反日反韓も反中も、政治の過程に過ぎません。イデオロギーは植えこまれたもの、教え込まれるものにしか過ぎない。

 ぼくは大阪市生野区に住んでいますが、朝鮮人とか日本人とかこだわって喧嘩するなんてことはないですね。そんなことしてたら生きていけない。べつに好きにならなくていいわけで住み分けたりする。現実、そこに外人がいて、毎日ハンバーグを食え、作れとかいわれたら困りますが、そんなことは起きそうにない。自分勝手なことは続かない。これは何処にいてもです。母国にいようと外国にいようと。

 どんなにNHK朝日新聞毎日新聞が、日本で朝鮮人が差別されていると報道しても、現実にそんな差別をしていることはないとわかっている。また、いくら韓国料理の宣伝や仲良くしようイベントをしても、マスコミに作られた韓流ブームが終わったいまでは、韓国芸能人の反日発言とか日本を馬鹿にした行動を知っているので、それを信じることはない。芸能人なんてそんなものでしょう。

 違うところに現実はあり、そこで共に生きている。大声で叫ぶことに、ろくなことはないと知っている。利権のために「差別されている! 差別されている!」と宣伝していることを知っているのです。

 

 金も資金もなく、儲けようとも思わず、ただ平穏に生活したいだけの庶民は、政治のイデオロギーなんて関係ない。

 だからといって政治的な力を持っているわけでも、現実を変えることができるわけでもないのです。庶民は関係のないところで生きるだけです。

 

 

 

 

 

 すこし長く書きすぎました。

 他の話題とか、考えたりしますが……適当に、毎日書くことにします。