65歳の日溜まり (*´・ω・)ノ。゜・☆。

貧乏な独り暮らしで、時々、無性に寂しくなりますが、ふと思ったことを書きます………来てくれて、ありがとう。

自分を救うために 4(妄想の続き)

 妄想を信じる相手と真に解り合えることはないと思います。

  相手にとっては真実よりも、本当の人間の関係よりも、自分の妄想に耽溺している快感が大事なんですから。

  そういうことは、現実の生活で、たびたび起こることです。妄想に耽溺している人に依存され、ストーカーに狙われた犠牲者のような立場に立たされ、そこから抜け出せない、そういうことは。

 

 いたるところで行われます。会社で、学校で、地区で。

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  こういうことの苦しみを解消するには、相手の、妄想であるかもしれない「信念」を検証し点検し、ほんとうに正しいのかと疑問を投げかける所から出発しなければならないのですが、多くはそうしません。

 妄想に自分を託していたほうが安全だから……自分がいい人に思えるからです。妄想しか自分を慰めてくれるものがないからです。

 

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 それに、この世では、妄想を持ったほうが強い立場になれる、ということがあるからでしょう。妄想を否定してくる犠牲者を、否定すればいいのですから。妄想に耽溺する心理は完璧な閉じた世界です。自己中心の、愛のない、暴力の支配といえる。だけど、それが人間の本質ともいえる……

 

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 ですから関わらないのがいいのですが、そういう者は犠牲者を求めているのです。そういうことにだけ細心の注意を払って犠牲者との世界を作ろうと苦心します。

 

 人間関係というのは、この世界の基本的関係なのですが━━━難しいです。人は誰でも妄想に駆られますし──

 ひとりで。自立を。

「孤独でいい」と思い切ったほうがいいのです。

 

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 観念的な暗い話ばかり書いてすみません。ほんとうは、いろんな話題を思いつくのですが、どうしてもこういう話になります。コミュ症なのか(笑)……

 でも、聞き流しておいてください。

 少し、いいことがあれば気に留めて。