65歳の日溜まり (*´・ω・)ノ。゜・☆。

貧乏な独り暮らしで、時々、無性に寂しくなりますが、ふと思ったことを書きます………来てくれて、ありがとう。

ひとりひとりの行動

 お早うございます。

 台湾語では、早安

 ずっと台湾立法院占拠中継を見ているから、知った。ときどきコメントを投稿している。頑張れ! と思う。

 

 

 自分の周りにあるものしか信じない。等身大の自分の視点でしか、見えたものを、信じないようにしている。

 

 政治には利権とかつきものだから、台湾立法院の占拠の学生たちの行動がいかに純粋に見えようとも、裏ではいろんな思惑が飛び回っているに違いない。

台湾 野党』

 で検索するといろんな記事が出て来る。

 いま画面にいる学生たちのなかで、さまざまなグループの幹部になる者も出て来るだろう。ぼくらが知らないだけで、すでに活動家としてあるのかもしれない。

 

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 昔、20の後半から30代の始めにかけて中核派のシンパだった頃、三里塚の集会に11回参加し、他の集会でも動員をかけられる方だったのだが、それでいいと思っていた。

 しかし、上のほうで方針が立てられ、自分たちの考えとかは通らないのだ、とわかると、兵隊として扱われることに意義を感じなくなった。

 カンパを集めるために、自分は、いて、活動家の指示で動かされる、どんなグループでもそうなんだ、と思うようになった。

 

 活動家や幹部と、普通の兵隊とは違う。同じ組織に所属していても、意味の在り方が違うのだ。

 どんなグループでもそうなる、だろうし、そうだ。

 

 自分より上の幹部が考えることに共感して納得すれば、指示に、指導に従えばいい。

 ただ、閉鎖的な状況に追い込まれると、連合赤軍のような状態に、すぐになってしまう。ちいさな権力でも、それを監視する他者の視点が必要なのだ。

 

 

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 共感や連帯や抗議や抵抗や、の美化される言葉に含まれる裏の怖さに敏感なほうがいいかもしれない。もちろん、国や企業が行う福祉、救済の活動も、福祉だからといって全面的に信頼する訳にはいかない。大概はいいことだとしても。その陰で利権が動いているだろうから。

 

 人のやることはしようがない。

 

 でも、ニヒリストや厭世家になっていても、なんの役にも立たない。

 

 

 台湾立法院の学生たちの純粋に国を憂える心情には共感します。ひとりひとりの純粋な行動と、運動としての組織のあり方は、別の話だろう。

 

 昨日の 『頑張れ(加油)台湾民主運動! 緊急国民行動!』の動画を見て、「なんか違うんだけどな~」と思われた方、多かったのではないか。組織として動くと、ひとりひとりの個人の心情は打ち消されてしまう。

 

 

 政治のことであれ、どう効果的にやるか、ということではない、と思う。

 

 個人の行動は、その人の心を育てるから。自分のためにするんだ。