65歳の日溜まり (*´・ω・)ノ。゜・☆。

貧乏な独り暮らしで、時々、無性に寂しくなりますが、ふと思ったことを書きます………来てくれて、ありがとう。

ひとり、生きることは

 この歳になっても、自由でいたい、という思いがある。

 世間から、社会の縛りから、もっと自由に。

 

 いまは、世間と付き合うことがないので、気になることはずっと少なくなった。

 挨拶程度で、人と関係がなくなったので、他人に煩わされることもない。いい状態だといえる。どうせ後、2~3年を目標に生きているので、「もう、いいか」という感じだ。

 老人になって、いけるところまで健康で長生きしよう、と考えるのは、嫌だ。還暦を超えたら、人生の大概のことはやり尽くしているので、もう、新しいことは来ない、と思い定めるべきだろう。老人は枯れ木のように生きるべきなのだ。

 

 昔はそういう生き方ができたように思う。寿命も短かったし。

 それでよかったのだ。人生のサイクルが。

 

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 なかなか死なない、というか、死ねない環境に、どんどん寿命を延ばす方向に社会は向かっているようだが、医療の発達で、寝たきりになって生きるのは、ちょっと違和感を覚える。

 胃ろうなんかの処置のこと。

 本人は、寝たきりで、機械で生命を伸ばされて、どう思っているのだろうか。すごく残酷な気がする。人というのは、死ぬときは死ぬ、それが生きることの尊厳に含まれているだろう。

 

 誰も、他人の生命をどうこうする権利はないだろう。

 人の命を奪うことが犯罪なように、尊厳のない環境に置くことも犯罪だ。

 

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 他人に手を出してはいけないのだ。

 

 これは文明国の医療だけでなく、中国のような独裁政府が、他の民族を弾圧、殺害することも、そうだ。

 

 

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 人は、社会という集団で生きるので、他人に手を出しすぎる。支配下に置いたりして、自分の世界を作りたい、という欲望があるのだろう。

 

 健康で……というのも美化されている。

 幸せで……というのも美化されている気がする。