65歳の日溜まり (*´・ω・)ノ。゜・☆。

貧乏な独り暮らしで、時々、無性に寂しくなりますが、ふと思ったことを書きます………来てくれて、ありがとう。

判断……

 昨日はハローワークに行っていたんです。月曜日はいつも仕事を探しに行っているから……

 中高年になると求人が少なくなって、面接で断られることが多い。転職を繰り返している人間を、誰も欲しがらない、当然のことだと思うんです。ぼくも45歳を超えた頃から相手にされなくなった。

 還暦を超えるとなおさらです。老人を雇うメリットがないように思います。

 それにハローワークでは「カラ求人」があるという噂がある。求人率を上げるために、ハローワークから頼み込んで、無理に求人票を書いてもらっているというようなことです。雇用を求めている人のためになっているとは思えない。

 

 現実は複雑です。

 人は流されっぱなしになるし。

 

 平凡に生きようとしたら、なるべく転職しないほうがいいのです。職場を変えるたびに条件が悪くなっていくし、買い手がつかなくなる。底辺の生活に近づいてしまう。

 

 人生、雇われて生きていくとしたら、です。

 履歴書を書くのも嫌になるし。

 

 誰かに査定されるのは、嫌なものです。

 でも、人生、いつもそうかもしれません。自分だって他人と付き合う時に、得か損か判断している、そう考えると。他人が、ぼくを判断、見積もるのは、そういうものだと受け入れるべきなのかもです。

 

 

 社会全体が、そういうことを前提にしているんでしょう。

 役に立つか、効率的か、失敗しないか、反抗的でないか、怪しい思想の持ち主でないか。協調性があるか。

 

 

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 自由に生きたいと思うけれど、無理です。自由を求めるということが贅沢なんでしょう。