65歳の日溜まり (*´・ω・)ノ。゜・☆。

貧乏な独り暮らしで、時々、無性に寂しくなりますが、ふと思ったことを書きます………来てくれて、ありがとう。

雨の日に

 ずっと───虐めがテーマだった、ぼくの人生は。

 

 子供の時に、母親がヒステリーで、いつも他人のことを罵っていて、夫も子供もその対象だった。言葉だけでなく、虐待になる行為もあった。

 愛情を感じたことはなかった……

 なぜ、あんなに罵り、辱め、貶めたんだろう。分からない、いまでも。

 

 たぶん、虐めることが快感だったんだろう。

 

 それは、人間によくある感覚です。

 

 つまらないことに難癖をつけ、本質的なことでもなく、人生で大切なことでもない些細な事をあげつらって、大袈裟に相手を責める───たぶん相手を責めることが目的で、理由はどうでもよかった───

 そういうことはよくあることです。

 

 自分を強者にして、相手を虐められる弱者にすることが───その関係を作ることが、快感なんだ、人間には。

 

 自分を強いと感じることは心地よいので、強い自分であるために、価値の無い、汚れた、悪の、否定される、卑小な、小賢しい、嘘つきの、馬鹿な、くだらない、お前である、ぼくを、罵るしかなかったのだと思います、その時の母親は。

 

 

 

………………     …………  ………………     …………

 

 心理学は、人生の根本のこととして、「基本的信頼」をあげています。

 生まれてきた赤ちゃんに対して、「よかったんだよ」「お前を愛しているよ」と、抱きしめ、愛でくるみ、育てる───そんなことが行われることが……そう「与えられた」と思えることが───人生に対して、基本的信頼が得られていると、判断する。

 

 

 そういうことが、行われればいい。

 

 子供の時代に……大人になる前に……愛情を受け、愛情を、今度は与える側に回るということが、なんの不思議もなく信じられる、そんな愛され、愛す関係が、いつまでも続く、そうであればいい。

 

 

 

………………     …………  ………………     …………

 

 自分は子供を捨てたからだめです。若いころに離婚して、それからなんの連絡もしないまま今まで来たので、子供を育ててない。愛を伝えられなかった親として、落第です。

 

………………     …………  ………………     …………

 

 今日は朝から曇で、先程から雨が降っている。

 

 虐待は連鎖するし、虐められた者はその記憶をなくすことがないのだな、って思うんですね。

 人が人を虐待する。それはいいことではない。

 

 人って、人を虐めるものだと思うんですよね。いつも。

 そうなっている。

 

 なるべくなら、愛し、愛されたい。

 

 いまは、みんな老いたから、もうそんなわだかまりはないけれど。